『病院は東京から破綻する』

「ヤミ市場」膨張させる医療統制利権

2017年6月号 連載 [BOOK Review]
by 川口恭(ロハス・メディカル編集発行人)

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病院は東京から破綻する

病院は東京から破綻する

著者:上昌広
出版社:朝日新聞出版(本体1500円+税)


終戦後の食糧難時代、米麦や芋など主要な食糧について、生産者からの買い入れや消費者への配給、供出価格などを政府の統制下に置く食糧管理制度なるものが存在した。しかし、食糧供給の絶対量が足りなかったためにヤミ経済が自然発生し、多くの人が苦しむ一方で、巨万の富を得た人もいた。

今、「国民皆保険」という美名をまとった政府統制下の医療で同じことが起き始めている、と本書は警鐘を鳴らす。

医療需要を大きく左右する高齢者人口に対して、医療供給量の代表的指標ともいえる医師数が、特に首都圏で、間もなく圧倒的に足りなくなる。舛添要一、長妻昭という自民・民主2人の厚生労働大臣時代に供給量を増やすべく対策が講じられたのに、現在は骨抜きにされ、需給ギャップ解消のメドは立っていない。結果として、希望通り入院するためのヤミ市場すら既にできている。こんなことを、各種データやエピソードを交えて書き連ねている。

最近救急車を呼んだ経験があれば、なるほど、と膝を打ちたくなると思う。一方で、そんな話は聞いたことがない、と眉にツバする人もいて当然だ。

本書が繰り返し指摘するように、医療供給の絶対量が足りない現状は、それを統制・差配する厚労省や、日本医師会、医学部長、大学教授といったエスタブリッシュメントたちに大きな利権を生じさせ、ヤミ市場が大きくなる今後、利権も一層大きくなると見込まれる。利権には表向き縁がないような医師ですら、供給過少なら競争もなく楽をでき、利害が一致してしまう。かくして、国民に真実を知られると困る医師たちはダンマリを決め込む。マスメディアも、記者クラブを中心に「大本営発表」を垂れ流すだけだ。

そんな業界の空気に逆らって「告発」した著者は、1993年に東京大学医学部を卒業、虎の門病院や国立がんセンター中央病院で血液がんの治療・研究に取り組み、気鋭の若手として世界的に著名だった。が、2005年、医療と社会との関係に研究領域を大きく変え、東大医科学研究所特任教授などを経て昨年、医療ガバナンス研究所を旗揚げした。既存体制の良い点と悪い点を知る著者は、国民が厚労省や医療界への「お任せ」をやめ、状況を共有し知恵を出し合うべきだ、とも書く。残された時間は多くないが、状況共有の第一歩として一読をお勧めしたい。

なお、「地域包括ケア」と称して自治体に権限を委譲しようとしている厚労省は、本書に書かれている状況を百も承知で、根本の統制は維持しつつも、供給過少で生じるトラブルの処理は自治体と地域に押し付けようと狙っている可能性が高いことを、最後に書き添えておく。

著者プロフィール

川口恭

ロハス・メディカル編集発行人

   

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