地方を元気に!「奇跡の酒蔵移転」の実録

『北の酒蔵よ よみがえれ!』著者/垂見和磨 評者/土屋俊亮

2024年12月号 連載 [BOOK Review]
by 土屋俊亮(元北海道副知事)

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『北の酒蔵よよみがえれ!』

『日本外交の常識』

著者/垂見和磨
出版社/世界文化社(本体1800円(税別))

熱燗が旨い季節となった。本書は酒税法の壁に挑み、千キロ以上離れた北海道への酒蔵移転を通じ、地方創生につなげた快挙の実録である。

北海道は食の大地。海山の美味な食材が豊富にある。近年では全国はもとより海外から、北海道産の原料にこだわったワインやジン、ウイスキーなどの醸造に多彩なプレイヤーが参入。食が一層魅力的になってきた。しかし日本酒は全国業界の強い意向もあり、需給調整の名のもとに新規参入が進まず、縮小再生産のループに陥ってきた。

そんな中、北海道上川町に開設したオーベルジュの経営継続に苦しんでいた元証券マンの経営者が、廃業を考えていた三重県の知人の蔵元と偶然再会。この酒蔵を移転し新設することが経営の起死回生につながると、一世一代の勝負に打って出た。

だが、事は難航した。相談した国税の窓口も業界も、新規参入者に超えられないような「酒税法の壁」に基づく条件を口にした。それは新たに酒税免許を取得するのと同等の課題であった。

ここで挫けないのが元証券マンの塚原敏夫氏である。氏は地元の行政、出身大学のOB、旧知の酒蔵主などに自分の夢を伝え、課題解決に向けたワンチームを作った。チームの面々は北の酒蔵開設という夢を自分事に受け止め、目を輝かせて猛スピードで課題に取り組み、移転許可は異例の2年余りで交付された。

酒造りには杜氏が欠かせない。新たな蔵、上川大雪酒造の杜氏となる川端慎治氏は北海道出身。本州の名門蔵で腕を磨き、縁あった道内の蔵でその素晴らしい技量を発揮したが、経営方針の違いからその蔵を去り、浪人中だった。塚原氏の夢に共鳴した関係者からの紹介により、両氏は二人三脚で新蔵での酒造りに取り組むこととなる。

新蔵では小仕込みで北海道産酒米のみ使用。道内各地の熱い酒米生産農家との徹底した話し合いにより、双方が納得する酒に仕立てる。酒造りの手伝いには地元の有志たち。関わる人たちが自らの意思で参画し、それが地域をより元気にしていく。

その成功は道内の他の地域にも波及する。新蔵設立の2年後、第二蔵は帯広畜産大学の中に設置。道内の小規模な国立3大学統合を象徴する蔵。そして三蔵目はその僅か2年後、観光都市函館において、国立高専と連携して設置。この双方が研究教育機能を持つこととなった。

北の酒蔵造りという夢に共に取り組んだ大勢の人達の夫々の関わりと写真を豊富に載せている。まさにひとり一人が主役。著者の「究極のまちをつくる」シリーズの栄えある第一段として上梓された良書。是非、手に取ってご覧頂きたい。

著者プロフィール

土屋俊亮

元北海道副知事

   

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