失敗の構造と秘話 現代への戒め
2023年2月号
連載 [BOOK Review]
by 森健(ジャーナリスト)
昨年勃発したロシアによるウクライナ侵攻。戦争はいったん始まると終結が難しい。かつての大戦も同様だった。
本書は先の大戦について長年取材してきた記者があの大戦の重要な局面を解き明かした本である。為政者はなぜ戦争を始め、どう終戦を構想し、敗戦に進んでいったのか。その来し方を丁寧に読み解いた。本書が明かす詳細は、知っていたようで知らなかったことが少なくない。
たとえば開戦決定前にハル国務長官と野村吉三郎駐米大使がやりとりした日米交渉。野村はハルが要望する4原則を本国に伝えず、日本側の改編案のすべてを米国に伝えてもいなかった。また、外相の松岡洋右は米国の打診に1カ月も意思表示をしていなかった。ハル・ノートとは日米交渉の最後通牒と知られるが、それ以前に外交が混乱していたのである(そのハル・ノートも最後通牒ではなかった可能性があると著者は指摘している)。
あるいは終戦構想。開戦1カ月前の1941年11月、大本営政府連絡会議は「腹案」として4つの条件をもっていた。だが中身は話にならなかった。米英蘭の勢力を排除する、中国蒋介石政権を屈服させる、独伊と連携し英国を屈服させ、そのうえで米国の戦意を失わせて講和に持ち込む──という希望的観測に過ぎないものだったからだ。
昭和天皇の発言も折々で取り上げる。1945年6月、昭和天皇は報告を受け、こう述べている。「敵の落とした爆弾の鉄を利用してシャベルを作るのだと云ふ、これでは戦争は不可能と云ふことを確認した」。無理な戦いをしてきたことがこの段階まで正確に天皇に伝わっていなかったのがわかる。
本書では先の大戦を重要局面で把握できるよさもあるが、あまり意識されていなかった制度的な指摘も興味深い。
たとえば前述の松岡外相。近衛文麿首相は松岡と考えが異なり、閣内不一致だった。だが、明治憲法下では首相は外相一人をやめさせる権限はなかった。
あるいは陸軍省、海軍省と陸軍参謀本部、海軍軍令部という組織の違い。前者は政府機関だが、後者は政府から独立し、天皇の統帥権を補佐する立場。軍が先に作られ、天皇に統帥権があった明治憲法下では、政府が軍部を抑え込むことは構造的に難しかったことがわかる。
本書は「為政者が間違える」ことをテーマとし開戦から終戦までの「とんでもない間違い」を繰り返し指摘する。ウクライナ侵攻やコロナ対策など現代の事象も参照的に挟み込み、現代への戒めも含ませる。なぜ戦争をしてはいけないのか。その説得力ある論理を、歴史の過ちから学ぶことができるだろう。