『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』

経済記者が活写する「米中新冷戦」

2021年8月号 連載 [BOOK Review]
by 奥山真司(戦略学者)

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『中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する』

中国の「見えない侵略」!サイバースパイが日本を破壊する

著者/井上久男
出版社/ビジネス社(本体1,500円+税)

われわれは過去30年において「国際ビジネスは国家の枠組みから離れて自由に行われるべきである」という信念の元に世界にビジネスを展開してきた。ところがアメリカのトランプ政権が中国との貿易戦争を開始してから、いわゆる「米中新冷戦」とでも呼ぶべき事態が発生している。

本書はその冷戦が「経済安全保障」とよばれる経済分野での戦争として進んでいる実態を、表題にあるような中国によるサイバー面の浸透の話だけではなく、武力以外の実に広範囲な分野での戦いに発展している様子を綿密に描いている。

著者は新聞社出身で自動車業界を中心に取材してきたジャーナリストである。本書でもその持ち味がいかんなく発揮されており、読みやすい文体の中に実に多くのエピソードが詰め込まれており、実際の本の厚み以上の情報量があって参考になるものだ。

本書の特徴は3つある。

1つ目は、中国の広範囲な経済戦争の戦い方が綿密に描かれている点だ。たとえば北京が世界中の科学者を集めて中国の軍事研究などを進めているプロジェクトとして今年のはじめに日本のメディアでも話題になった「千人計画」、コンサル会社や企業買収などを通じた機密情報の抜き取り案件など、合法だが実態はかなりグレーな手法や、日本を含む西側のオープンなシステムの穴をつく形で経済戦を有利に進めている実態を描いている。

2つ目は、日本側の対応を書いていることだ。このジャンルの本では、とかく「危機を指摘する」ことだけに特化して、それに対して日本はどう対処していくべきかが見えてこないものが多いのだが、本書では経済安全保障に対する日本政府やその周辺のシンクタンク、そして公安などの対処を追って、その様子やそこで出てきた課題を浮き彫りにしている。

本書で紹介されているアメリカ側の対応はさすがだが、日本もただ「やられっぱなし」ではなくて、足りないながらも具体的に動き出している点に、わずかな希望が見える。

3つ目は、国際政治のモードが、経済活動によって国際協調を狙う「リベラリズム」(自由主義)から、国家が権力闘争を行う、19世紀型のいわゆる「リアリズム」の世界に入ったことが実感できるというものだ。

国際政治学の分野では、伝統的に「ビジネスでウインウイン」というリベラリズムが真実なのか、それとも利己的な国家が権力を巡ってバランスを争う姿が実態に近いのかが古くから論争されてきたが、本書から見えてくる米中戦争の水面下の動きから見てとれるのは、リアリズムの世界へと「モード」が変わったという実態だ。

「時代の分岐点に立っている」。われわれは何度もそういう言葉をメディアで目にしてきたが、現在の米中新冷戦の始まりほど、この言葉を実感させてくれる事態はない。本書はその理由を、綿密な取材をベースとした豊富な具体例とともに警鐘を鳴らしている良書である。

著者プロフィール

奥山真司

戦略学者

   

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