ルポルタージュ『イスラムに生まれて ー 知られざる女性たちの私生活』

へジャブ女性の「素顔」に迫る渾身ルポ

2021年2月号 連載 [BOOK Review]
by 円城由美子(Ph.D 中東学者)

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『イスラムに生まれて  ー 知られざる女性たちの私生活』

イスラムに生まれて ー 知られざる女性たちの私生活

著者/読売新聞中東特派員
出版社/ミネルヴァ書房(本体2,400円+税)

中東地域のイスラム社会と言えば、男性の姿しか思い浮かばない。サッカースタジアムでの応援然り、首脳会談然り。女性は一体どこに?

イスラム教の教えコーランを規範としながら女性たちは厳しい戒律に従い「密やかな」私生活を送っているのだ。しかし髪を隠し、肌を覆ったヘジャブと呼ばれるヘッドスカーフの下、彼女たちは何を考えているのだろうか。

そんな疑問への答えを本書は提示してくれる。社会や家族とイスラムの教えに従順に従いつつ、今の時代を生きるイスラムの女性たち——。彼女たちの秘められた私生活に、本書はとことん迫った一冊だ。

イスラム女性たちの私生活は、これまでほとんど語られてこなかった。イスラムと西洋化という異なる価値観にさらされながら心の葛藤を抱える彼女たちは、妻として、女児として、若者として、そして何より一人の女性として、家族や友人の反応に警戒しながら自分の「行動指針」を模索し続けてきたからだろう。しかし、一旦口を開けば彼女たちは潔く「秘密」とされている胸の内を次々と、しばしば大胆に、明かしている。

例えば、「嫁入り道具」。エジプトの女性が揃えたのは、カラフルな上下揃いの下着50枚に透け透けのネグリジェだった。婚前交渉を禁じるイスラム教徒の大切な初夜を夫に十分堪能してもらうため、数年かけて揃えたという。「当面これだけあれば、彼を満足させられるわね」と新妻。母親も「マンネリは駄目よ」。

また、女性たちは結婚しても夫が帰ってくる前には美しく化粧を施し、セクシーな服を着て「夫の前ではいつもきれいにしている」。結婚17年目の彼女の言葉には日本の男性陣からため息が漏れそうだ。

一夫多妻制で第4夫人まで認めるイスラム教で夫の気持ちをいかに自分につなぎ留めておくかは、生き残りをかけた「最重要課題」に違いない。さらに、イスラム教では「姦通」はご法度。それが真剣な交際であれ「忌まわしいこと」。結婚以外の性交渉は離縁やむち打ち、または「一族の名誉を汚した」として父親による、いわゆる「名誉殺人」もあり得る。

しかし、現代社会の自由恋愛の波からはイスラム社会も逃れられない。婚前交渉が増える中では処女の証は名実ともに「命綱」だ。そこで彼女たちは処女膜再生手術に活路を見出す。一方で、コーランの厳しい規範は依然として社会を支配している。彼女たちが手にした「術」は、そのような環境で生き延びるための一つの選択肢なのだろう。

しかし、本書は進歩的な女性への「応援歌」では終わらない。保守的な女性による批判や社会の逆風への女性の攻勢もつづられている。そんな社会で女性から男性に性転換したトランスジェンダーの「彼」は「いかに男性の方が楽か」を体感しているという。

時代にあったコーランの解釈を——と願うイスラム女性の思いは実現するのか。エジプトの女性カウンセラー曰く、「法や制度を変えるのは簡単だが、人の思考や家庭内の関係は変わるのに時間がかかる」。心に刺さる一言である。

女性たちの重い口を開いたのは、取材に応じてくれるのを待ち続けた執筆者たちの忍耐力とリアルな姿への強いこだわりだろう。彼女たちの、時に熱く時に重厚な、稀少価値と呼ぶに値する言葉の数々を是非、味わってもらいたい。

著者プロフィール

円城由美子

Ph.D 中東学者

ウィスコンシン大学マディソン校ジャーナリズム学科卒業(BJA)。読売新聞社記者を経て立命館大学国際関係研究科修士・博士課程修了、通訳養成学校サイマル・アカデミー講師を経て、現在大学非常勤講師(立命館大学、関西大学、同志社女子大ほか)。英日通訳・翻訳を手掛ける。著書に『イラクの女性たち』(晃洋書房)、『中東の新たな秩序』(共著、ミネルヴァ書房)。

   

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