『安倍晋三秘録』―政権7年8か月の修羅場!

「迫真の安倍一強」歴史を知る醍醐味

2021年1月号 連載 [BOOK Review]
by 谷口智彦(前内閣官房参与)

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『安倍晋三秘録』

安倍晋三秘録』―政権7年8か月の修羅場!

著者/石橋文登
出版社/飛鳥新社(本体1364円+税)

2012年秋の自民党総裁選を安倍晋三が勝つには、麻生太郎の支持が必須だった。

著者は麻生の地元福岡で麻生と会食、「安倍と麻生がタッグを組んでこそ保守層は本気になる」、安倍を支持しろと熱弁する。今回は谷垣禎一だと譲らない麻生に対し、著者は今度は詰問だ。安倍の支持あっての麻生政権誕生だった。恩を返さずに渡世の義理は果たせるのか。

「オマエに渡世の義理を言われる筋合いはねえ」と、さすが麻生は怒ったのだとか。著者の筆致には、「麻生節」を聞かせる類のサービス精神がある。

前後し、中村明彦という福岡県議が東京の麻生邸を訪ねた。「あの~、怒らんで聞いてくださいよ。親父(麻生のこと)が引退して軽井沢の別荘でゆっくり昔話を語り合いたいと思うのは誰ですか。安倍ですか? 谷垣ですか?(後略)」。「そんなの安倍に決まってるじゃねえか」と答えた時、麻生は安倍支持を決めたと示唆する。ここらが、著者の筆をもって初めて世に出る迫真のドラマだ。

当時の著者は産経新聞九州総局長。中央を外れたが、安倍、麻生双方の地元に近いのをむしろ喜び、前出県議らと人脈を作った。政治が好き、政治家はもっと好きというやみ難い性向あっての、著者の取材力である。

いつ何があり誰がどう言ったと年表を埋める類の本なら、他にある。本書で、安倍、麻生、(故)中川昭一らは、怒り、泣き、(中川に至っては)病院通いを恐れている。生きて、動いている。それを読むのが歴史を知る醍醐味だと思う読者なら、本書を手に取るべきだ。

郵政民営化この方、政局がどう動いたか語る著者の筆は、さすが練達。けれどその真骨頂は、憂国の士として、時に政治家を動かしさえするところだ。

言論の自由を奪う反ヘイトスピーチ法案に憤り、皇統安寧に無関心な政治家の誰彼に、怒りを抱く。義憤を著者は、これと見込んだ政治家にぶつけ、動かす。著者にとって安倍は取材先であるとともに、「同志」だ。

安倍が「秘密の『過激スイッチ』」を入れ党内多数派に敢然立ち向かう場面を度々見たのも、そんな著者ゆえ。安倍という人物の猛々しさを書かせて、著者の右に出る者はない。

書評子もまた安倍観察をおのれの任務とし、外政家として、マクロ経済家として、また情緒の穏やかな指導者として傑出していたことを繰り返し記した(近著に飛鳥新社刊『誰も書かなかった安倍晋三』)。

今度本書を読み、自分の見た宰相像は決して全体図ではなかった当然の事実を、再び思い知った。読者には両方を読み、安倍像に立体性を感じてくれるとありがたい。(文中敬称略)

著者プロフィール

谷口智彦

前内閣官房参与

   

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