『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか ―「地方創生」「観光立国」の無残な結末』

「消費より投資」富裕層は逆張り!

2021年1月号 連載 [BOOK Review]
by 長尾智史(大手金融機関勤務)

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本書で議論される内容は極めて広範だ。「ニセコ開発史」に始まり「投資価値評価」「富裕層の行動心理学」「マーケティング」、果ては「不動産マネジメント」「政策提言」にまで及ぶ。

第一章~第二章は開発史概観と言ったところだが、筆者独自の視点が光り、惹きこまれたのは第三章以降だ。何度か繰り返されるアイデアに「消費よりも投資」がある。これは同感だ。筆者も引用しているが、コロナで経済成長が◇〇%低下したという悲観報道のなか、米国株式指数がコロナ前の高値を更新した。これはなぜか? いわゆるニューノーマル型社会への適応など様々語られるが、主因は中央銀行による金融緩和だと、私は見ている。

私は投資会社社員で、個々の企業に企業価値を付けに行くのが仕事だ。高橋氏が指摘するのは「現時点の実需(消費)のみ推し量っていては投資価値を見誤る」という点で、全く同感だ。

投資価値は、前述の金融緩和や将来キャッシュフロー、投資対象の希少性など、多様な観点から議論する必要がある。表現は違えど、高橋氏はリゾート地の投資価値評価を、一般論以上の「物差し」で測っている様子。これは、彼の金融アナリストとしての経験がなせる業であろう。

ビジネスモデル提言においても、着目すべき点が多い。私が投資会社社員として日頃心がけていることに「論理的な逆張り」がある。これは投資家としても投資対象企業の経営スタンスという意味でもそうであるが、時に一般論の逆や、少数意見の方向にかじ取りを要求される場面がある。ただし、単に逆をいくのは単なる「あまのじゃく」ゆえ、論理的に逆をいく必要がある。具体的には、本書で貫かれる「富裕層は大衆の逆張り」という観点。例えば、昨今のコロナ感染者数増加。私は、富裕層は逆に出かけるチャンスと捉えているのではないか? とさえ推測している。そのように悲観報道されている時ほど、一般には外出が自粛され、感染リスクは減少している可能性が高いからである。このように「論理的な逆張り好き」な富裕層が、大衆化(幕の内弁当型集客)されたニセコに近寄るわけもなく、従って大衆化マーケティングなど打つ必要がないという指摘は、全く同感だ。これら説得力ある叙述の背景はおそらく、高橋氏のプライベートバンカー経験だ。

とあるイギリスの友人、彼はオックスフォード卒のエリートだが、欧州のスキーリゾートでなく、わざわざニセコに来ると言っていた。そのような日本の宝のような地域の話だ。一方でニセコの存在は日本人にとってミステリアスであり、偏った側面ばかり(例えばコンビニにドンペリ)が報道される。ニセコの過去/現在/将来に正しく深く切り込んだ本書を、興味深く読めること請け合いだ。

著者プロフィール

長尾智史

大手金融機関勤務

   

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