『会社は誰のものか 経済事件から考えるコーポレート・ガバナンス』

取締役・監査役に厳しく迫る書

2020年4月号 連載 [BOOK Review]
by 板垣隆夫(一般社団法人監査懇話会・理事)

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『会社は誰のものか 経済事件から考えるコーポレート・ガバナンス』

会社は誰のものか 経済事件から考えるコーポレート・ガバナンス

著者/加藤裕則
出版社/彩流社(本体1700円+税)

本書は、企業不祥事分析を通して日本企業のコーポレート・ガバナンス(CG)の在り方を正面から問うた力作である。「はじめに」に記された奥村宏氏の言葉通り「会社には良心や正義感はない。人間が良心や制度を使って会社という組織をコントロールする仕組みや知恵がCG」であるとすれば、不祥事企業では「仕組みや知恵」がなぜ働かなかったのか。朝日新聞経済部記者である著者は、記者会見、裁判の傍聴、多数の個別取材を重ねることにより、問いへの答えを追い求めてきた。

本書の見所の第1は、日本のCGが直面する課題を網羅的に扱いながらも、独自の視点から重要課題に光を当て、深掘りしている点にある。オリンパスでは、損失隠しを知らなかったが、ウッドフォード氏解任を黙認した社内外の取締役の責任に焦点が当てられる。問われるのは、ピラミッド構造に組み込まれた取締役会の監督機能の実効性であり、「社外取締役、知らぬが仏でよいか問題」である。東芝や日産では、内部統制報告制度の形骸化の問題を取り上げ、その存在意義を問うている。日産では、ゴーン氏の報酬問題の違法性の有無だけでなく、社長の報酬は従業員の何倍が適当かを比較分析した上での「国際的に見て低い役員報酬は日本人が誇っていい」との評価は、近年のインセンティブ重視の役員報酬改革への警鐘ともなっている。

第2の見所は、長年の取材経験から生まれた様々な思い、現実への違和感、怒りを率直に述べている点である。森岡孝二氏ら株主オンブズマンへの共感は、品質不正問題に潜むコストダウン圧力に喘ぐ現場の声を無視する経営者への怒りと重なる。

第3の見所は、監査役の責任を正面から問うていることである。物言う監査役の苦闘がテーマの『監査役の覚悟』の共著者で、制度的建前と乖離する実態を知る著者だからこその苦言である。独立した立場から経営者を監視し、事実に基づき問題を指摘し、是正を求める監査役の職責は、報道を通して真実を追究し、権力をチェックするジャーナリズムの役割と共通する面がある。「最後には、歴史に対し、今の社会に対し、自分の家族に対し、恥ずかしくない選択をして欲しい」は、監査役へのエールであると共に著者自身の決意の言葉と受け取った。

日産におけるゴーン氏の責任を報酬虚偽報告に限定して論じ、会社私物化の問題への踏み込みが足りない点や、関電で二つの闇の問題(「至上命題としての原発推進」と「同和問題」)に触れていない点は不満が残るものの、本書は日本のCGの今後の在り方を考える上で参考になる良書であることは間違いない。

著者プロフィール

板垣隆夫

一般社団法人監査懇話会・理事

   

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