『自民党秘史 過ぎ去りし政治家の面影』

政治を味わう飛び切り「秘話集」

2018年3月号 連載 [BOOK Review]
by 取材歴25年新聞現役政治記者

  • はてなブックマークに追加
自民党秘史  過ぎ去りし政治家の面影

自民党秘史 過ぎ去りし政治家の面影

著者/岡崎守恭
出版社/講談社(本体800円+税)

政治報道がつまらない。政治家が小粒になったせいもあるが、料理する記者の腕も落ちた。政治をおいしく味わうにはどうやって包丁を研げばいいのか。本書は一級の手本である。

著者は政界取材、それも自民党一筋40年の元日経新聞政治部長。その取材手法は、政見や政策より徹底して政治家の「人」にこだわる。田中角栄、中曽根康弘、竹下登、金丸信といった往年の大物たちの素顔を軽妙な思い出話風に面白く読み進めていくと、自民党政治のエキスがじわりと胃の腑に滲みてくる。

「秘史」と聞けば仰々しいが「秘話集」と思えばいい。例えば田中派絶頂期の1985年元旦の目白御殿。ひしめく国会議員らを前に、上機嫌の角栄から竹下がマイクを渡された。

「さきほど宮中で安倍(晋太郎)外相と並んで陛下のお出ましを待っていましたら、後ろの山口(敏夫)労相から『次ねらう大臣二人の揃い踏み』と言われたので、『言ったとたんに後回し』と返しておきました」

年始客はどっと沸いたが、実は1週間前のクリスマスの晩、竹下や金丸は永田町から離れた築地の料亭「桂」で、後の竹下派につながる創政会旗揚げに向けて最初の密議を開いていた。

自民党史の名場面だが、著者は後に竹下が「次ねらう」を「次を待つ」に和らげて回顧していた言い換えをさらりと書く。現場にいて、その後も当人に張り付いていた番記者ならではの気づきである。学者の聞き書きではこうはいかない。

目白御殿から3週間後の1月24日、ホテルで開かれた田中派の新年会で、竹下は角栄の後にズンドコ節を歌う。佐藤栄作内閣の官房副長官、官房長官だった頃に作った替え歌だ。

講話の条約 吉田で暮れて

日ソ協定 鳩山さんで

今じゃ佐藤さんで 沖縄返還

10年たったら竹下さん

その前日、極秘の創政会設立準備会が「桂」であった。これも知られた場面だが、著者は竹下が元歌の「今じゃ佐藤さんで」の一節を「今じゃ角さんで 列島改造」に変えて歌ったと明かし、「同席している田中氏への気配りではなく、決意をにじませたのだ」と読み解く。

4日後、密議は露見し、2月7日旗揚げ、同27日角栄入院。権力の歯車がゴトリと回る前兆は、笑い話や戯れ歌に潜んでいた。史実を微細に訂正できるのは、練達の政治記者だけに許された政治言語への研ぎ澄まされた耳があればこそである。

ハイライトは著者が最も敬愛する中曽根と側近の秘話。どれも人間臭く余韻を引くが、読者の楽しみに取って置こう。

政界に「人」はいなくなったのか。それとも記者たちがスマホばかり見て、政治家の「顔」を見なくなったのか。著者はそう問いかけている。(敬称略)

著者プロフィール

取材歴25年新聞現役政治記者

   

  • はてなブックマークに追加