徹頭徹尾ファクトを追う「明快憲法」
2016年7月号
連載 [BOOK Review]
by 鬼頭誠(帝京大学法学部教授=憲法学)
著者の三山さんが社長を務める広島テレビは今年度日本記者クラブ賞特別賞を受賞した堀川惠子氏がディレクター時代に制作した作品『チンチン電車と女学生』をはじめ、核廃絶を願う良質な番組を世に送り出してきた。読売グループからの落下傘社長とはいえ、著者は元ワシントン特派員の新聞記者。その経験を活かし、広島を地元とする岸田外相と連携して2度訪米し、ホワイトハウス高官に「日本は原爆の謝罪を求めない」「追悼すべき被ばく死者には米軍捕虜もいる」と実相(著者の言葉によれば「ファクト」)を伝えた。先日のオバマ米大統領広島訪問の実現に貢献した一人だったのだ。その人が「オバマ訪広」作戦と同時並行で執筆に執念を燃やしてきたのが本書だという。
ずぶの素人であっても恐れず果敢に取り組むのが記者魂ということだろうか。いきなり憲法ものに挑んだとはビックリ仰天だが、憲法公布から70年、まさに「制定後、一言一句改正されていない」という不自然にして異常な事態。憲法論者を挑発してみたくなる気持ちは同じ記者経験者としてよく分かる。
なにより本のタイトル『世界最古の「日本国憲法」』が心憎い。専門家も一本取られたというのが正直な気持ちではないか。目のつけどころはさすが勘のいい新聞記者のそれだ。国民主権・民主制の普及した世界で、国民投票による憲法の改正・更新はごく普通のことだが、日本の憲法だけはなぜか手つかずに取り残された。
憲法制定権力(制憲権)が国民の手にあることは著名な憲法教科書でも明確だが、この制憲権の行使が、国会議員の権限などではなく、国民の権利だという単純明快な「ファクト」を丁寧に教える教員が教育現場には少ない。
蛇足を言えば、日本は憲法を国民投票で制定した歴史を持たない多分唯一の民主国家だが、自覚がまるでない。それに気づかせてくれるだけで本書には価値がある。
護憲・改憲、平和・現実主義等の「論」より、徹頭徹尾「ファクト」を追うことで建設的な議論に進もうと訴える著者が提示する「ファクト」の数々はどれも実に分かりやすく、解説も歯切れがいい。
例えば、先の集団的自衛権一部解禁の際、護憲勢力が「立憲主義違反の解釈改憲」等と論難した。これに対し、著者は反自衛隊・反日米安保を転換した「村山政権の歴史的解釈改憲」、天皇の国会開会式での「おことば」を容認した「共産党による解釈改憲」の「ファクト」を列挙して、護憲勢力のご都合主義を逆批判する。ちなみに著者の憲法改正への姿勢は「コンセンサスが出来た部分から」という自然体だ。