上田の度量と聞き出した筆者に感服
2023年4月号
連載 [BOOK Review]
by 樋田毅(ジャーナリスト)
同和問題の運動団体というと、旧社会党系の部落解放同盟と共産党系の全解連(発展的に解散し、現在は全国地域人権運動総連合)をすぐに思い浮かべる。だが、本書は自民党系の自由同和会の指導者、上田藤兵衞の半生に焦点を当て、同和問題の歴史を綴っている。同和と暴力団が絡む危ないテーマを深く掘り下げており、この問題を長年追い続けているジャーナリストの覚悟と矜持を示した一冊である。
本書によると、上田の半生は、順風満帆ではなかった。京都・山科の「夙(しゅく)」と呼ばれる同和地区で生まれ、青年期には右翼運動に没頭し、荒れた生活の中で暴力団を相手にした殺人事件を起こした。服役中、後に山口組の五代目組長となる渡辺芳則と出会った。渡辺の後ろ盾によって、同和運動への暴力団勢力の侵食を阻むポジションを手に入れ、自由同和会を足場にした差別撤廃運動に邁進し、現在に至っている。こうした経緯を飾らずに語った上田の度量と、それを聞き出した著者の力量に感服した。
同和利権にまみれた全日本同和会から自由同和会への脱皮、自民党の実力者で京都の同和地区出身の野中広務と相携えての差別撤廃の取り組みについても興味深く読んだ。
本書では、京都の暴力団の会津小鉄会による中野会組長襲撃、その報復として起きた山口組の宅見勝若頭射殺、山口組の渡辺組長の生体肝移植と引退、上田が刑事告訴した山口組幹部による恐喝事件、許永中らが暗躍したイトマン事件、「関西談合のドン」平島栄の談合告発と「手打ち」など、関西の闇社会を舞台にした数々の出来事が綴られている。
評者は、朝日新聞大阪社会部での勤務が長く、1987年5月の阪神支局襲撃事件では専従取材班に入った。その経験から、本書に登場する事件や出来事の多くを承知している。とはいえ、宅見暗殺事件や上田が刑事告訴した恐喝事件の詳しい経緯などは本書で初めて知った。闇社会で蠢く面々が、右翼、暴力団、同和団体役員など複数の肩書きを持つケースは珍しくなく、「政治経済の流れに同和運動史を合わせ、そこに同和利権にからむ暴力団史を重ねて、上田氏の半生を描く」という著者の狙いは納得できた。その上で、暴力団と縁を切るため暴力団の力に頼らざるを得なかった上田の抱える矛盾について、もう少し言及してほしかったと思う。
評者は、京都支局のデスクをしていたころ、山科区を担当する記者が書いた記事をめぐり部落解放同盟から抗議を受け、支局の全記者を招集しての「勉強会」という名目の「確認会」開催を余儀なくされたことがある。部落解放同盟による兵庫県立八鹿高校の教員暴行事件をめぐり、朝日新聞の報道姿勢を批判的に検証している本書の記述にも胸が痛んだ。当時の朝日新聞には部落解放同盟寄りの編集幹部や記者が多かったことは事実である。(敬称略)