美辞麗句抜き「とてつもなく面白い!」
2023年4月号
連載 [BOOK Review]
by 中北浩爾(一橋大学教授)
とてつもなく面白い記述に満ち溢れている。本書を読み終えた後、そう思った。書評によくみられる美辞麗句ではない。心底、そのように思っている。もちろん、自己弁護は多数あり、鵜呑みにしてはならない。しかし、安倍氏がどのように情勢を認識し、行動したのか。また、どう自己正当化しようとしたのか。本書を通じて、つぶさに知ることができる。
例えば、「私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない」という記述だ。陰謀論的な見方に傾く元総理の言葉が、赤裸々に綴られている。
均衡財政を機関哲学とする財務省には、繰り返し批判的な言葉が浴びせられ、予算編成権や税務調査権など、財務省が持つ巨大な権力への警戒感たるや凄まじい。二度の衆議院解散の目的も、財務省を抑え込むためだったというのだから。
首相の権力は、内閣人事局の設置に至る一連の改革によって高まったというのが、政治学者の共通認識である。しかし、奥の院では、熾烈な権力闘争が繰り広げられていた。このことをどう考えればいいのか。重い問いかけだ。
国内外の政治家の人物評も興味深い。トランプ大統領の破天荒ぶりは想像以上だが、驚愕すべきは、中国の習近平国家主席が発した「自分がもし米国に生まれていたら、米国の共産党には入らないだろう。民主党か共和党に入党する」という言葉であろう。
これを自身に関する「私を支持してくれる保守派の人たちは、常に100点満点を求めてきますが、そんなことは政治の現場では無理なんですよ」という言葉に重ね合わせると、習氏との間にはリアリストとしてのある種の共感が存在したことが分かる。同様に、自国の主権を守る気概を持つ外交指導者への敬意も、顕著である。
本書には、政権運営で留意すべき事柄が惜しげもなく書かれている。「日本人の面白いところは、現状変更が嫌いなところなのですよ。だから安全保障関連法ができる時に、今の平和を壊すな、と反対していても、成立後はその現状を受け入れるのです」。ならば、いたずらに世論に迎合する必要はないということになるかもしれない。
もし凶弾に倒れなければ、このタイミングで本書が日の目を見ることはなかったはずだ。安倍氏はウィットに富む語り口で、周囲を魅了する人物であったが、それが行間から滲み出ている。インタビュアーを務めた橋本五郎、尾山宏両氏が、本書を通じて安倍氏の生前の姿を蘇らせたといっても過言ではない。一読をお勧めする。