「環境金融」に挑んだ足跡を辿る物語
2021年4月号
連載 [BOOK Review]
by 福井順一((株)共同通信社顧問)
地球と人類の未来の行く末を左右する環境など非財務の世界に、如何にして市場の資金を誘導する行動に踏み出させることができるか。著者はこの壮大なテーマに対して、自ら「環境金融」という新たな学際的な分野を提唱し果敢に挑んで行く。即ち、多様なリスクをマネイジする金融のスキームを環境リスクにも当てはめることはできないものか、と。
かつて「外部不経済」と一括りで切り捨てられて来た環境など非財務の領域。わが国の歴史を振り返っても、この歪みが最も顕著な形で現れたのが公害問題であり、課題解消に市場の資金は望むべくもなく、国の規制と公的機関の資金補助で解決を図って来た経緯がある。
さすれば非財務の世界を財務に繋ぐサステナブルファイナンスとは何か。端的に言えば、非財務要因を財務評価して価格をつけることにある。言い換えれば、価格をつけることで市場へのアクセスを可能とする。これを実現するには、市場自体が環境・社会的要因を取り込むための尺度となる「共通基準」を自律的に受け入れるかどうかにかかっている。
本書ではこの「共通基準」作りを巡って、何が問われ、何を巡って火花を散らして来たか、サステナブルファイナンスの理念の追求や新しい市場作りの覇権を目指した攻防を丹念に検証して行く。そこではビジネス派、理念派、市場派、三派それぞれの思惑に加えて、EUの仏独蘭、EUを離脱した英国、一帯一路の中国、パリ協定に復帰する米国が大国の威信を賭けて相まみえることになる。
翻って我が国の対応は如何なるものか。世界の役者が揃う中で我が国の存在感は希薄であり、当局の対応を危ぶむ指摘もなされている。地球規模の影響が及ぶ環境を対象として市場の資金を供給するにはグローバルな「共通基準」が不可欠であり、欧米の合意をコピーして一部手を加えた国内限定版では通用しないことは自明の理であろう。
菅首相は所信表明演説で炭素排出量2050年ネットゼロを宣言したが、現状では2030年の目標値すら強化できずにいる。パリ協定の目標達成に道筋を付け、主要先進国としてグリーン外交のイニシアティブを握るには、官民挙げた取り組みが待たれるところである。
本書はあくまでサステナブルファイナンスの専門書であるが、金融経済ジャーナリストとして信望を集めた著者が50代半ばで学者に転じ、「環境金融」という未踏の領域に先駆者として挑んだ足跡を辿る物語でもある。専門的な内容もわかりやすく綴られており、環境問題に関心のある幅広い読者にお勧めしたい良著である。