『負動産時代』

土地神話の崩壊に対応できぬ国描く

2019年4月号 連載 [BOOK Review]
by 増田 寛也(元総務大臣)

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炎上しない企業情報発信

負動産時代 マイナス価格となる家と土地 (朝日新書)

著者/朝日新聞取材班出版社
出版社/朝日新聞出版(810円+税)

「負動産」とは実に巧いネーミングをつけたものだ。わが国では、長い間「土地は必ず値上がりするもの」と信じられていた。いわゆる「土地神話」である。昭和から平成のバブル期には、全国でゴルフ場やリゾート開発が目白押しだった。しかしバブルの崩壊とリーマンショックによって、資産としての土地の価値は一変した。国土交通省の調査では「土地を所有することに負担を感じる」国民が40%を超えている。多くの国民が土地所有に負担を感じる時代、まさに「負動産」時代の到来である。

なぜこんなことになったのか。地価の下落、管理費や税の負担感、人口減少による需要減だけではない。そこには制度改正に目をつぶってきた国の怠慢と「土地神話」の崩壊にとまどう国民の存在がある。原野商法類似のものが今もはびこるゆえんである。本書は朝日新聞の連載や追加取材を書籍化したものだが、各地で起こっている理不尽な事例を丁寧な取材で数多く紹介しており、負動産化の広がりや複雑さを理解する上できわめて有益な好著である。

評者は連載と同じ時期に民間の研究会を立ち上げ、全国の「所有者不明土地」の総面積を推計したが、2016年時点で九州より広い約410万ha、40年には何と北海道に迫る約720万haまで拡大するという驚くべき結果だった。そこで明らかになったのは登記制度の不備である。わが国では民法制定当初より相続登記は義務化されていないので、何らかの事情で古い登記のままの土地があると、いざ建て替えや売却をしようとしても共有者の多さや権利関係の複雑さから真の所有者にたどりつくことが困難となる。これがやがては所有者不明化することが多い。各地にある幽霊屋敷などはこの類である。また、相続人全員が相続放棄したのに国が受け取りを拒んで、その帰属先が宙に浮いている土地も存在する。「サブリース契約」と呼ばれるオーナー制のアパート経営も問題だ。不動産会社が将来の賃料の値上がりを餌にアパート建築を地主に無理に勧誘することはこれまでも問題になっていたが、15年の税制改正でさらに節税対策としても使われるようになった。大量の空き家が存在する時代に何とチグハグな政策だろう。

政府も相続登記の義務化や所有権の放棄制度創設の是非、さらにはバブル期の地価高騰などを背景に制定された土地基本法そのものの見直しを始めた。土地は不要になっても捨てるわけにはいかない。検討が急がれる。

本書は土地問題を通して、平成という時代に起きた大きな変化に対応し切れなかった国の姿を浮き彫りにしている。新しい時代を考える上で読者に貴重な示唆を与える一冊といえよう。

著者プロフィール

増田 寛也

元総務大臣

   

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