『中国人民解放軍「習近平軍事改革」の実像と限界』

習近平の野望「パックス・シニカ」

2018年12月号 連載 [BOOK Review]
by 鈴木美勝

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中国人民解放軍 「習近平軍事改革」の実像と限界

中国人民解放軍 「習近平軍事改革」の実像と限界

著者/茅原郁生
出版社/PHP研究所(980円+税)

米中貿易戦争が新型冷戦の様相を呈する中、日中関係は「経済的打算」によって改善が進んでいる。が、視覚偏重の世界で現実が掻き乱される昨今、事はそう単純ではない。

20XY年4月、自衛隊初の空母「いぶき」が南鳥島沖での演習航海中、中国軍は「曙光工程」を発動、先島諸島(与那国島)や尖閣諸島を制圧した。日本では、海上警備行動から史上初の防衛出動命令が下された。「いぶき」が前線へと急行。中国軍も即応し、新型空母「広東」が東シナ海海域に派遣された。一触即発の危機。武力衝突は最早避けられない事態に──。

安倍晋三首相も愛読、スリリングな描写とストーリー展開が軍事専門家の間でも評判の漫画『空母「いぶき」』。中国軍の動向をめぐる議論には熱が帯びる。虚実入り混じる中、その実像、真の実力、行く末は? この疑問に純軍事的視点から強い示唆を与えてくれるのが、現在進行中の「習近平軍事改革」の実像と限界に焦点を当てる本著だ。

尖閣諸島海域での中国漁船衝突事件や安倍政権下での平和安全法制の制定等々──一時の緊迫した局面は薄れたが、中国艦船の尖閣海域への侵入は常態化した。中国の軍事的視野は、巨大経済圏構想「一帯一路」や21世紀半ばを見据えた「中国の夢」のスローガンに乗って、グローバル規模に広がる。

鄧小平の遺訓「韜光養晦」を捨て去った習近平が掌握する中国人民解放軍。習の中国は、膨張戦略の軍事的翼を、西太平洋全域やインド洋にまで広げている。米中貿易戦争の只中に在って、右手に持つ〈剣〉の握りを緩める気配は微塵もない。習の野望の根底にある、アヘン戦争以来の歴史的怨念と、暗部(格差拡大)に目をつぶり高度成長を引き出した独裁的国家の自己過信と過大な自己評価。習近平・中国の究極の狙いは「パックス・シニカ」の構築だ。柱となる「軍事力」でやがて「米国を凌駕できる」ようになるか否か。著者の見解は否定的である。

茅原は、やや抑制的なトーンで説く。習の「大枠な改革」は断行されたが、仏に魂を入れる次段階の実質的改革はこれから。結末は習が勤務した福建省時代の人脈と空軍重視で固めた生身の「軍人」自体に依拠する――と。

これは、「パックス・シニカ」という美しい響きをよそに、「力の信奉者」丸出しの中国がグローバル規模で横暴を極める可能性がある、との警告であろう。

著者は退職後、中国軍事研究会を主宰、若い自衛官や海保職員、研究者、ジャーナリストらとの勉強会を開き、知見を若い世代に伝えている。後世への知的継承を実践する数少ないメンターとして研究者の範としたい。

著者プロフィール
鈴木美勝

鈴木美勝

慶應義塾大学SFC研究所上席所員、ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、時事通信政治部記者、ワシントン特派員、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長、専門誌「外交」編集長を経てフリーランスに。近著に『日本の戦略外交』(ちくま新書)

   

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