異能の語り部が読み解く「平成政治」
2018年2月号
連載 [BOOK Review]
by 松井孝治(慶大教授)
「縦割り、積み上げ、全会一致」。与党主導の「政府与党二元体制」。部会、関係業界、各省庁の「仕切られた多元主義」。日常の政策調整に官邸が登場することは稀であり、政権の交代=自民党総裁の交代を意味した昭和の政治。本書は、平成の時代に、55年体制下での「密教」としての「与党・官僚内閣制」が、「顕教」たる「議院内閣制」へと移行するさまをつぶさに描き出している。
自民党を割り、55年体制を覆すことで小選挙区制を導入し、政権交代を追求した小沢一郎。省庁再編とともに経済財政諮問会議創設など首相主導の制度的基盤を築いた橋本龍太郎。橋本行革の成果をフル活用し、人事と解散権を武器に、縦割り・積み上げ・全会一致にメスを入れた小泉純一郎。小泉後、改革の「嫡流」を自任し国家戦略局・内閣人事局の創設、与党事前審査の廃止、政治主導を構想するも挫折した民主党「小鳩」政権。
著者は、平成前・中・後期の主役政治家に独立の章立てを割り振りながら、要所に脇役の政治家や官僚を取り上げ、「政権交代と首相主導の進展」を特徴とする平成デモクラシーを立体的・重層的に紡いでいく。小沢一郎を語るに際し、彼が破壊した派閥政治の象徴たる三塚博の生々しい姿を描き、同じ橋本政権下、橋本行革とは全く異なる手法の官邸主導で断行された「梶山・与謝野財政改革」を対比する。カミソリ後藤田起草の政治改革大綱に焦点を当てる一方、橋本行革の来歴から幻の統治機構改革法案に至るまで玄人好みの逸話を鏤(ちりば)める。淡々とした筆致の中にも同時代の語り部として著者の異能が光る。
そして、本書の両端章では、故青木昌彦、佐々木毅両氏の薫陶を受けた著者の洞察が、現政権の出自と将来を見据えている。国家安全保障局、内閣人事局も活用し、内閣主導と政府与党二元制の「穏健化」に成功した安倍政権は、平成デモクラシーの申し子だ。一方、長期安定政権の地位を得ながら、目玉政策の看板を毎年掛け替え、小刻み解散で政権への求心力を強化する安倍政治を、著者は、丸山眞男の言う「つぎつぎになりゆくいきほひ」になぞらえる。
この短期志向の政権運営の先にある目標が政権選択の封印にあるとすれば、安倍政治は、政権交代を前提とした時限的な首相主導を追求する平成デモクラシーの本質から離れるばかりか、その出自たる平成政治の蓄積を覆しかねない。穏やかな語り口ながら、著者は時代に警鐘を鳴らしているのではないか。
平成の終焉を前に、改憲を含めた統治機構に関する国民的討議が始まろうとしている今日、本書は、平成デモクラシーの発展と変質、それらの意味と対処のあり方を深く我々に問いかけている。一つの時代の総括と新たな時代の展望に必読の一冊だ。
(敬称略)