「成長戦略」立て直しへ日銀・経産で翻訳
2016年7月号 連載 [BOOK Review]
民主党から政権を奪回して3年半も経つのに、安倍政権の成長戦略は腹立たしいほど空砲ばかりだ。6月2日に閣議決定した「日本再興戦略2016」も、これで4度目になる総花メニューに市場はソッポを向く。
もともと安保や改憲が得意で経済政策が苦手な総理を取り巻くエコノミストがマクロ政策畑ばかりだから、比較的楽なトップダウン型の金融政策(第一の矢)、財政政策(第二の矢)に偏り過ぎた。「岩盤規制」と言い訳して、面倒なミクロの成長戦略をなおざりにしたツケが回り、アベノミクスは失速寸前だ。
なぜ構造改革は軌道に乗らないのか――その焦燥もあって成長戦略を一から考え直すために、米カウフマン財団のR・ライタン副理事長が第一線研究者を集めて編纂した論文集である本書の翻訳作業が始まった。
巻末の翻訳陣を一目見れば、日銀、経済産業省、国土交通省の現役スタッフがずらりと並んでいる。監訳者は財務省出身で日銀理事を務めた木下信行氏、経済産業省の経済産業政策局産業組織課長の中原裕彦氏、日銀金融研究所の制度基盤研究課長である鈴木淳人氏の3人だ。訳者の中には日銀金融市場局長もいて、なかなか壮観である。
裏返せば、日本のマクロ、ミクロ政策の当事者の間でいかに危機感が強いかを示している。日本より遙かにイノベーションの環境整備で先行する米国の「成長戦略のキモ」のヒントを懸命に探しているのだ。
マクロ政策は、現存する資源制約のもとで産出量を最大化する「静学的な効率性」を目標としてきた。しかし経済成長を指数関数的に加速させるには、投入要素だけでなく、制度的枠組みを機能させる「動学的な効率性」が不可欠になる。片方だけで「アベノミクスをふかす」なんて愚の骨頂だろう。
だが、イノベーションは政治家や官僚にとって「ブラックボックス」だ。人任せ、運任せ、市場任せになるから、ついつい霞が関好みの「絵空事の大風呂敷」に化けてしまう。が、「株を守って兎を待つ」ようではイノベーションは起きない。その前段階として、まず法律を含む広い意味の「ルール」のイノベーション、つまり「法創造」に踏み込まねばならないという。
規制緩和はその工夫の一つである。本書監訳者の一人、木下氏は、従来の構造改革が経済官庁の所掌する行政法に集中していたと指摘、これを契約法や不法行為法などといった私法に属するものに広げ、経済主体のリスクテーク能力を引き上げるインフラの形成を提案する。
確かに本書にヒントはふんだんにある。東京電力、東芝、シャープとかつてエクセレントカンパニーと呼ばれた大企業のゾンビ化が相次いで、経済官庁が矢面に立つ今、この少々値の張る論文集の価値は大きい。