「単線路線のエリート」をバッサリ

『規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす』

2016年5月号 連載 [BOOK Review]
by 糸川聡史(ジャーナリスト)

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『規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす』

規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす
(著者:黒川清)


出版社:講談社(1700円+税)

世界を震撼させた東京電力福島第一原発事故から5年。廃炉への道のりは遠く、いまなお10万人が避難生活を送っている。しかし政府は早々にエネルギー基本計画で原子力を「ベースロード電源」と位置づけ、原子力規制委員会の新規制基準下で着々と原発が稼働している。「福島の事故の反省を踏まえ……」は定型の枕詞に成り下がってしまった感すらある。

その空気に「喝」を入れるように、憲政史上初の国会事故調の委員長を務めた黒川清氏が放った一冊。役人のお膳立てを必要としない、自律性の高いチームがどうやって組織され、事故の原因究明を進めていったのか、その舞台裏を明かす貴重なドキュメンタリーだ。

調査の設計から徹底した情報管理、制約の大きい会計処理などと格闘しながら、わずか6カ月間で未曽有の事故の本質に迫ろうとする作業は、リーダーが日本流に染まった組織人だったら困難を極めたことだろう。本当は国際的な委員会にしたかったという若干の心残り、委員選びの時点の違和感も正直に綴られているのが、また興味深い。次に立法府が調査委を作る際、「大いに参考にせよ」という強烈なメッセージとも受け取れる。

事故の解明を通じて、「日本株式会社のガバナンスを全身CTスキャンした」というチームの調査統括の表現は言い得て妙だ。国会に「検査結果」と「治療計画」を示してチームは解散するが、ここから著者は、その病巣について更に思索を深めてゆく。

「規制の虜」。政策を作りリードする役所側がいつのまにか規制される側の電力事業者に飲み込まれていた。「単線路線のエリート」が陥りやすい構造という。

その構造が取り払われ、現在は健全な状態、とは決して言えない。政策は役所が握り、審議会は「お飾り」。有識者が議論した「報告書」には、既存の勢力に配慮がなされ、いかようにも解釈できる霞が関用語が随所にちりばめられる。

こうしたエスタブリッシュメントへの怒りは、今年傘寿を迎える著者のエネルギーの源泉だ。霞が関に張り付くマスコミも、もちろんバッサリと斬られる。

ここまで論旨明快な著者の歩んだ道を見ればわかる。閉じられた日本社会で「単線路線のエリート」になる分岐点はいくつも用意されていたが、そうした生き方を選ばなかった。その意味では、将来を担う多感な10~20代に手にとってほしいと願う。

さて、この国会事故調にかかわる一切の資料は、まだ国会図書館に眠っているという。福島の事故から学ぶべきことはまだ山ほどあり、これを世界と共有できるかどうか。立法府による今回の調査委を「最初で最後」にしないため、この国の針路をどうとるか。読み手に課された宿題は重い。

著者プロフィール

糸川聡史

ジャーナリスト

   

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