2013年6月号
連載 [BOOK Review]
by 喜
かつての仲間が羽ばたく瞬間に立ち会うことはそうあることではない。それが歴史の転機と重なり合っていると感じることも、そうあることではない。
『明日を拓く現代史』は畏友谷口智彦にとって画期となる著作である。 慶応義塾大学の大学院で一年間にわたり続けた講義をまとめたこの本の書名を、谷口は『海上自衛隊士官候補生のための現代史』とつけたかった。
すこし前なら、アナクロニズムと言われかねないような言説を、逆に素直に書名に反映しなかったことがアナクロニズムではないか、と感じさせるほどに時代の空気は変化している。
「歴史に関するわれわれの教養に、すっぽり欠落しているものがある」——本書をつらぬく縦糸である。「明日を拓こうとする問いに対し、ヒントを近過去に探って因果の流れを再構成する」試みを「当用の歴史書」と呼ぶ。
福沢諭吉が『学問のすすめ』『文明論の概略』で繰り返した「実学の思想」と通じるものがある。
私の好みで彼の二つの慧眼を取りあげれば、「第四講、あなたの父親も知らない戦争について学ぶ」と「第六講、米国システムはどうできたか」である。
1962年10月から11月にかけてヒマラヤをはさんで行われた、共産中国によるインドに対する侵攻を契機とした戦争。この戦争が、インドの反中国感情をいかに規定しているか。その理解を抜きに、これからの日中関係、日印関係は論じられないと谷口はみる。
三角形の隣り合う二辺からではなく、対角から見よという指摘である。何よりも、ステレオタイプな思考をさけるには、しっかりと地に足のついた、事実からみなければいけない。
第二次大戦後の国際通貨・金融システムをつくりあげたのは、ハリー・デクスター・ホワイトという米財務省の官僚と、英国の大経済学者ジョン・メイナード・ケインズのたった二人だった、という第六講も新鮮だ。
谷口の再構成によって、第二次大戦の帰結の重要性は、枢軸国から連合国への権力移転にではなく、資本主義の重心が英国から米国にうつったことにあるのが浮き彫りになる。
彼の魅力は、感性の段階に過剰ともいえるほどつまった国家主義的な要素を、知性のレベルでの合理的、経済的な理解が補っていることである。
雑誌記者の時代に、ニュージーランドの市場革命を真っ先にとりあげたのも、「日本町人国家」論をとなえた、通産官僚故天谷直弘の追悼録をデイヴィッド・ハルバースタムに書かせたのも、彼である。
その谷口智彦が、はからずも安倍晋三内閣の国際広報戦略をになう内閣審議官となった。
日本がはじめて国際的に通用するスピーチライターを得たことをまずは喜びたい。