『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』上・下
2009年11月号
連載 [BOOK Review]
by 石田修大
判断の過ちを認めぬ指揮官のせいで、米軍はたびたび危機に陥り、多くの戦死者を出した。彼らの遺体は死んだ瞬間の形で凍りつき、トラックに積み上げるのも難しかった。膨大な数の中国兵もまた、棒の先端にダイナマイトを結んで米軍の壕に近づき、次々と撃ち倒された。倒れても別の兵士が棒を拾い、壕に飛び込んできた。
どんな戦場もそうだろうが、改めて知る朝鮮戦争はとりわけ悲惨だ。戦術のミスどころか、戦略レベルから誤算だらけの戦争で多くの兵士が死んだことが悲惨さに輪をかけ、祖国が彼らの勇敢な戦いぶりを忘れてしまったことが、生き残った者も惨めにした。
ベトナム戦争の従軍経験を元に『ベスト&ブライテスト』などを書いた米ジャーナリスト、デイヴィッド・ハルバースタムがまとめた本書は、朝鮮戦争の発端から膠着状態に陥るまで、膨大な証言、資料に基づいて、南北朝鮮の戦場をまるで従軍取材したかのように、リアルに再現してみせる。名もなき兵士ではない、一人ひとりフルネームで書かれた将校や兵士たちが、おびえ、怒り、泣き、倒れていく。
彼らを死に追いやったのは東京に君臨した連合国軍最高司令官マッカーサーであり、彼の独断専行に手を焼き、ぎりぎりまで解任できずに引っぱり回されたホワイトハウスの面々である。ハルバースタムは東京、ワシントン、北京、モスクワにも目を配り、この戦争がなぜ起こり、なぜ多くの不必要な死を積み重ね、長引いたのかを解き明かす。
彼によれば「朝鮮では戦争当事者双方の重要な決定のほとんどすべてが誤算に基づいていた」。アメリカが朝鮮半島防衛に無関心だったために、米参戦はないと見たソ連が、金日成の南への侵攻にゴーサインを出した。応戦したアメリカも自軍の準備不足に目をつぶり、38度線の北にまで進撃した。
最大の誤算はマッカーサーが中国参戦の可能性を無視し、「クリスマスまでには帰国できる」と鴨緑江に軍を進めたことだった。それが中国軍を大挙して朝鮮半島になだれ込ませ、緒戦の大勝利に浮かれた毛沢東は、米軍の近代装備を甘く見、部隊をあまりにも南下させすぎ、米軍の反撃をくらった。
まる3年に及んだ「困難で残酷な消耗戦争」は、トルーマン大統領がマッカーサーを解任、アイゼンハワー大統領が誕生し、ソ連のスターリンの死によって、ようやく終わった。「その終結の条件に満足したものはひとりもいなかった」と著者は強調する。
今ごろ、なぜ朝鮮戦争を描いたのか。アメリカはその後、ベトナム、イラク、アフガニスタンで同じ過ちを繰り返しているように見える。第二次世界大戦とベトナム戦争の狭間に起こった戦争を忘れ、「忘れられた戦争」の教訓を生かすことができなかった。この本の校正を終えた直後、交通事故で亡くなったジャーナリストの狙いも、そこにあったのだろう。
米中が衝突した朝鮮戦争からほぼ60年が過ぎ、オバマ大統領は「21世紀は米中が形づくる」と言う。それも結構だが、誤算と愚かさが生んだあの戦争を、もう一度振り返ってみてもいいのではないか。