『グローバル・ジハード』
2009年2月号
連載 [BOOK Review]
by 石
ジハード主義とはイスラム国家樹立のため暴力的手段を用いる戦闘的イスラムの思想をいう。中でも、暴力の対象を「近くの敵」である自国政府から、「遠くの敵」欧米に向けたものがグローバル・ジハード主義であり、信奉者の頂点にいるのがアル・カイダである。
ソ連侵攻下のアフガニスタンでアル・カイダを結成したビンラディンは、サウジアラビア、スーダンを経、タリバン支配下のアフガンに舞い戻り、1998年、「ユダヤと十字軍に対する世界イスラム戦線」を結成、「イスラム教徒には、民間人も含めた米国人と同調者を、世界中あらゆる場所で殺害する個人的義務がある」と宣告した。
3年後の2001年、ニューヨークの世界貿易センタービルなどに旅客機を追突させる9.11同時テロを起こして世界を震撼させ、米英のアフガニスタン侵攻作戦で対テロ戦争が始まったのは周知の通り。昨年11月にはムンバイ同時多発テロで商社マンが犠牲になるなど、日本にとっても対岸の火事ではない。
だが、日本人の多くは国際的なテロの実像を理解できないでいる。イスラム教という一神教になじみが薄いためでもあろうか。
テロと闘うには敵の姿を知らねばならない。そう考える現職の警察庁公安課長(元国際テロリズム対策課長)が、アル・カイダの実像、対策などをまとめたのが本書である。「警察学論集」に連載した論文をベースにしているため、一般読者にとってはやや読みにくく、内容の重複が目立つなどの難点はあるが、イスラム過激派の思想と行動を体系的に紹介した時宜を得た解説書である。
イスラム原理主義の過激化を歴代の思想家、学者の言説を引用して跡づけ、アル・カイダのテロ活動を、9.11などの事件のいきさつや米欧諸国の対応を紹介しながら解説している。さらに、米軍のアフガン侵攻作戦で弱体化したといわれるアル・カイダの現況分析が興味深い。
かつて中央集権構造だったアル・カイダの組織は、米軍の作戦後分散化、非集権化され、ビンラディンら指導部は直接指揮をとれる状況にないという。だが、そのことは組織の弱体化を意味しない。
本書によると、現在のアル・カイダはビンラディンら「元祖アル・カイダ」の周辺に、独自のイデオロギーと戦略に従って行動する「アル・カイダ星雲」グループがあり、さらに外周にロンドンの地下鉄爆破事件などを起こした、アル・カイダとは直接接触のないフリーランスの過激派「勝手にアル・カイダ」が存在する。
3グループは水平的なネットワークで結ばれ、個別に目標を設定しテロを実行する。対テロ戦争を機にジハード主義ウイルスが世界に拡散した形で、一部を叩いても他は生き残り、テロの防御、摘発が困難になっているという。
イラク戦争前、アラブの外交官が語った「当初の戦闘は6日、解放後は再建に6カ月、再び戦闘が6年、ムスリム世界が占領を赦(ゆる)して忘れるまで60年」との予言が不気味だ。日本を含む西欧社会は目前のテロに対するだけでなく、イスラム文化の深奥を理解しなければ、根本的な解決にはなるまい。