「国民国家ならざる何か」との新しい戦争

『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』

2015年3月号 連載 [BOOK Review]
by 保井俊之(慶應義塾大学大学院SDM特別招聘教授)

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『イスラム国  テロリストが国家をつくる時』

イスラム国 テロリストが国家をつくる時
(著者:ロレッタ・ナポリオーニ/訳者:村井章子)


出版社:文藝春秋(1350円+税)

格差と疎外に憤る中東や欧米のイスラム系若年層が、過激なジハード思想や「アラーこそが力の源泉」と主張するサラフィー主義にかぶれ、非道なテロで知られる「イスラム国」に惹きつけられていく。それはなぜか。

「イスラム国」の指導者アル・バグダディが、7世紀から中世にかけての偉大なイスラム世界の復活の夢に連なる「カリフ制国家」の建設を、SNSやユーチューブを駆使してイメージ巧みに煽っているからである。そのプロパガンダの「成功」のカギは、PLOやアルカイダなどとは異なり、効率的な行政運営能力、非道だが冷徹なファイナンス能力の高さにある。支配地域の油田から生産した原油を闇市場で売って地元部族と分け合い、SNSなどでテロの恐怖を最大限に煽って人質の身代金を搾取し、支配した町で上下水道などの社会的インフラを復旧させ、貧困層への慈善事業を営む。

ジョンズ・ホプキンス大学とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで国際関係論、経済学、哲学を学び、テロと経済・金融の連関をえぐり出す専門家である著者は、「イスラム国」の本質が、西欧近代の国家概念である国民国家の概念や、英仏の植民地支配が第一次大戦中に引いた人為的な国境を引き継いだ権威主義的かつ腐敗した地域の既存国家への、その体制から政治的・経済的に締め出された層による「異議申し立て」であることをよく見抜いている。

超大国米ロや地域大国のイランやサウジなどの武器及び資金支援による部族・宗教勢力の代理戦争の果てに破壊され、疲弊し、国家として行政運営をする主体がいなくなったシリア北部とイラク西部の「不統治地域」。この国民国家の空白を埋めるかのように、「イスラム国」は実効支配地域を広げ、テロや誘拐や原油密輸などによる冷徹非道でグローバルな国際ファイナンスとSNSによるプロパガンダによって、カリフ制国家の復活の夢を掲げた戦争を続けていく。

サブサハラも含めたこれら「不統治地域」は、2​0​0​0年代後半から安全保障関係者の間で「新しい形の戦争」の主な舞台になると注目されていた。その形は、これまでの国民国家同士の正規戦でも、テロ組織と超大国間の非対称戦争でもなく、国民国家と「国民国家ではない何か」の国家がグローバルな金融とコミュニケーション空間を活用して行う戦争になるのだろう。

「ファイナンスによる戦争がはじまる。国家経済安全保障のモデルを再設計し、それに備える時だ」。米財務省の初代テロ資金対策担当次官補を務めたザレーテの言葉だ。国家が国家であるための不可欠の資格証明でもあるファイナンスの戦争にいかに備えるか。日本に突き付けられた重要で逃げられない課題だ。

※本稿は無報酬での執筆で、意見にわたる部分は私見です。

著者プロフィール

保井俊之

慶應義塾大学大学院SDM特別招聘教授

   

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