『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』
2012年5月号
連載 [BOOK Review]
by 高田昌幸(ジャーナリスト)
組織の歪みを暴き出すのは誰か。誰の役割か。オリンパス事件の全貌を明るみに出した山口義正氏は、それを読み手に問うてくる。
「会社のため」「家族のため」。そういった美名の下で、いったいあなたは日々何を為しているのか、為していないのか。事件とは無縁の読み手に対しても、それを何度も問うてくる。
本書の真骨頂は、冒頭と最終盤にある。
オリンパスが「事件」になる遙か前の2009年8月。山口氏は名勝・尾瀬で「深町」(仮名)と一日を過ごす。友人であり、オリンパス社員の「深町」は木道を歩きながら言った。
「ウチの会社、バカなことやってるんだ……」
「売上高が2億~3億円しかない会社を、300億円近くも出して買ってんだ。今は売り上げも小さいけど、将来大きな利益を生むようになるからって。バカだろ?」
調査報道は端緒がすべて。そう喝破したのは、リクルート事件報道を手掛けた元朝日新聞記者の山本博氏である。
しかし、数多ある情報の中から「端緒の質」を見極め、肉付けしていく取材は容易ではない。取材者の見識と能力、パッション。地べたを這いずり回るような作業の繰り返し。先の見えない日々は孤独であり、それに耐えうる胆力も必須である。
本書はその長い旅に読み手を誘う。組織に属する取材者であっても、調査報道は孤独だ。まして山口氏はフリー。減る一方の預金残高を気に掛けながら、尾瀬で聞いた言葉の意味を追い続ける。
オリンパス事件の取材過程に引き込まれて読み進めるうち、終盤になって読者は気付くはずだ。孤独だった山口氏には、いつの間にか「仲間」が増えていることに。「仲間」の多くは、オリンパスの再生を願う社員など名も無き人々であることに。彼ら彼女らの情報提供や協力がなければ、事件の解明がここまで進むことはなかった。
同時に本書では、「組織」の大看板の下でリスクを取ろうとしない人々の醜悪さも余すことなく描かれる。大手メディアに属する記者たちも、むろんそこに含まれている。
「あとがき」で筆者自身が書いているように、本書は組織と個人の関係も大きなテーマになっている。個人的な栄達や欲望を「組織のため」と言い換える性根。その積み重ねで成り立っている日本社会。そこにも筆者は切り込もうとした。
不正や社会の歪みは、日々の職場の中で起きている。そこに属するあなたの目の前で起きている。それを知ったとき、あなた個人は何を為すのか、為さぬのか。
オリンパス事件と本書の問いかけの意味は、そこにこそある。