『黒い海 船は突然、深海へ消えた』著者/伊澤理江 評者/小俣一平

ある海難の真相… 独自取材の醍醐味

2023年3月号 連載 [BOOK Review]
by 小俣一平(ノンフィクション作家)

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『黒い海  船は突然、深海へ消えた』

『黒い海 船は突然、深海へ消えた』

著者/伊澤理江
出版社/講談社(1800円+税)

正月2日、寝食を忘れるほど一気に読んだ。読み終えたとき「凄い本だな」と、しばらく興奮を隠せなかった。テーマとなった海難事故は、2008年6月23日午後1時半ごろ、千葉県犬吠埼灯台の東約350キロ沖の太平洋で発生した。福島県いわき市の酢屋商店所属巻網漁船第58寿和(すわ)丸135トンが転覆し、乗組員20人のうち3人は救助されたものの4人が死亡、13人が行方不明になったのだ。

船はなぜ突然転覆沈没し、深海に消えたのか。国の調査では、原因は波によるものと結論づけられた。著者は2019年秋、未だ沈没原因に疑問が残るこの “事件”に巡り合い取材を始める。生き残った乗組員、遺族、同僚、事故調査を行った海難審判庁や運輸安全委員会、海事の関係者ばかりか、流出油の専門家などから何度も聞き取り、過去の類似の海難事故、海外の事例などをインターネットで検索、収集したり、米国の情報公開法を使って開示請求したりして、もがきながらも疑惑のジグソーパズルを埋めていこうとする。

しかもその過程や経緯を丁寧に描きながら、公的機関からの発表だけに頼らない「調査報道」と呼ばれる独自取材の手の内を開示している。これによって読者は、自分も著者と共に取材し、真相を追及しているような感覚にさせられる。加えて読者の推理と自らの疑念とを重ね合わせるように、衝突、沈没の原因が波ではなく、巨大海洋生物や潜水艦、それも自衛隊、米軍、ロシア、北朝鮮では――との推察を様々な証言から潰していく件は、ノンフィクションの醍醐味と言える。

一方で、ちょっとした情景描写や人物表現が抜群に上手いのも読者を惹きつける要因だ。第58寿和丸の船主野崎哲社長の一挙手一投足は、そのまま映像が目に浮かんでくるようだ。<野崎は髪を短く刈り込んでいた。指は太く、節くれだっている。あいさつの「どうも」という声は低く、太く、迫力があった。私は瞬間「マフィアのボスみたいだ」と思った。ひっきりなしに吸うたばこ。その姿がまた、大物感を漂わせている>

これだけだと、漁港を束ねるヤンチャな地方ボスと思いがちだが、海難事故から3年後に起きた東日本大震災や原発事故との関わりについて読み進むうちに、何だかとてつもない人物なのだと気付かされる。

<自分たちの一部といっても過言ではない海をめぐって引き起こされてきた第58寿和丸事故や原発事故にまつわる不条理の数々。そうしたものをきちんと刻んでおいてほしい>と呼びかける野崎の言葉は、今の日本社会の『黒い海』を照射しているように読み取れた。

著者プロフィール

小俣一平

ノンフィクション作家

元NHK社会部記者。元東京都市大学教授

   

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