「松田家とマツダ」を縦糸で紡ぐ良書 著者:安西巧/評者:三山秀昭広島テレビ放送顧問
2022年5月号
連載 [BOOK Review]
by 三山秀昭
JR広島駅から「マツダスタジアム(マツスタ)」まで徒歩15分。「カープロード」の歩道はカープの赤に舗装され、マンホールには「カープ坊や」がデザインされている。
コンビニ・ローソンは全国では青い看板だが、ここでは赤。マツスタ正面には「広島市民球場」とある。「市営」ではないのがミソ。球場から車で10分のマツダ本社は「MAZDA」だ。創業家の「MATSUDA」ではない。ゾロアスター教の最高神の「アラフ・マズダ」に由来する。街を走る車はマツダ車が圧倒的だ。
この本のタイトルどおり、広島では「マツダとカープ」と市民が同居する。本書は「松田家とマツダ」を縦糸で紡ぐ。松田家は重次郎→恒次→耕平と続き、カープの現オーナー元(はじめ)に繋がる系譜だ。
戦前、「東洋コルク工業」を基礎に「東洋工業」を創業した重次郎、戦後、三輪トラックから世界初のロータリーエンジン車の量産化に挑んだ恒次、それが石油ショックによる燃費の壁に阻まれて経営難に陥り、メインバンクに「解任」された耕平。そのマツダは低燃費の「スカイアクティブ」技術で復活した。しかし、今度は脱炭素への取り組みでEV(電気自動車)へとカジを切らざるを得ない。
一方、父・耕平とともに球団カープを引き継いだ元。日本初のボールパーク「マツスタ」を本拠地に、オーナーとして親会社がない「市民球団」を司る。コロナで観客制限があったこの2年を除けば45年連続黒字経営だ。「育てるカープ」で2016年からセ・リーグ三連覇も。
本書は2020年のマツダ創立100周年式典から始まる。丸本明社長の挨拶に「創業一族への言及は一切なかった」との書き出しにドキッとさせられる。ただ、「歴代経営陣が創業家を蔑ろにしているわけではない。創業家が現経営陣に不満を抱いている様子もない」と続く。マツダがもはやグローバル企業の証しなのだろう。
オーナーの元も若かりし頃マツダに五年在籍した。「経理、部品販売、生産手配、あの5年間で培ったビジネス感覚が球団経営の底流にある」と言う。「マツダの経営陣も毎年、墓参りに来てくれるんじゃ」とも。
カープの資本の34%はマツダが保有、双方の関係は良好だ。今でも正式球団名は「広島『東洋』カープ」なのだ。オーナーは「単なるゲン担ぎじゃ」と笑うのだが……。
私は、著者が日経新聞広島支局長時代にオバマ米大統領の広島訪問に関し、何度か取材を受けた。私も著者の前書『広島はすごい』(新潮新書)を読み、逆取材した。同書は「広島」を超えて全国で広く読まれた。今回も参考文献を安易に引用せず、関係者を丁寧に取材し、克明にデータを駆使し、自らの言葉で綴ったノンフィクションだ。
「起業」しなければ「企業」は生まれない。本書は創業者(家)と企業のあり方を考える上で教訓となる良書だ。 (敬称略)