『2030半導体の地政学』-戦略物資を支配するのは誰か

日本のあり方を問う必読の書 評者:戸堂康之 早稲田大学教授

2022年3月号 連載 [BOOK Review]
by 戸堂康之(早稲田大学教授)

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『2030半導体の地政学』

2030半導体の地政学

著者/太田泰彦
出版社/日本経済新聞出版/1980円(税込み)

半導体は、あらゆる産業に欠かせないばかりか、安全保障上の戦略物資となった。

だから、アメリカは中国を分断し、国内で完結した半導体のサプライチェーンを構築しようとしている。欧州はそれに追随し、中国は受けて立つ。

本書は、卓越した取材力と分析力を基に、この激動を描く。

1つの論点は、産業政策のあり方だ。「デジタル三国志」を制するため、米中欧各国は数兆円規模の補助金を使って企業誘致や産業育成を競っている。

日本政府も約5千億円を支援して、半導体製造のトップ企業の1つ、台湾のTSMC社の製造拠点を熊本に誘致した。

著者は言う。「望ましいか望ましくないかは別にして、世界が一斉に産業政策に走り出しているのは事実だ。その現実から目をそらすことはできない」

著者は「望ましいか望ましくないか」を明言してはいない。しかし本書からは、半導体産業の育成のためには、強い政策的関与が不可欠だという印象を受ける。

評者も政策の必要性には同意する。しかし、特定の産業や企業に的を絞った手厚い政策支援は望ましくない。そのような産業政策には失敗が多い。

そもそも日本はこれまでも半導体産業に対して多額の政策支援を行ってきた。その成果があったなら、今の半導体産業の凋落はなかったはずだ。

産業政策が成功したように見える中国の半導体産業も、本書が「多産多死」と言うように、多くの企業による熾烈な競争があってこその成功である。

的を絞った支援が、将来の日本をリードする新しい産業の台頭を阻む可能性もある。半導体産業だけが経済や安全保障にとって必要なわけではない。

アメリカの「産業政策」も、半導体企業の国内誘致だけではなく、次世代電池やバイオなど様々な産業に対する研究開発支援を含んでいる。このような支援のあり方が望ましい。

もう1つ重要なのは、クリーンな国際連携の支援だ。本書によると、東大はTSMCと連携して新しい3D半導体を研究しているという。NTTは、光電融合技術を基に日米企業と連携してインターネットの大変革を目指す。このような国際的にオープンな民間主導の連携のための場を作ることも、有効な政策のあり方だ。安全保障が担保された連携のためには、本書で提案されるような新しい国際ルールの構築も必要だろう。

評者はデータを用いてサプライチェーンを研究している。本書を読むと、データからは見えない人間模様がムンムンと感じられて刺激的だった。今後の日本のあり方を考える上で、必読の書である。

著者プロフィール

戸堂康之

早稲田大学教授

   

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