『テロリストの誕生』

「欧州イスラム過激派」の謎を解く

2020年1月号 連載 [BOOK Review]
by 鈴木美勝(慶應大学SFC研究所上席所員)

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『テロリストの誕生』

テロリストの誕生

著者/国末憲人
出版社/草思社(本体2900円+税)


2015年1月、パリ市内の風刺週刊新聞『シャルリー・エブド』編集部がテロ攻撃を受け、世界に衝撃を与えた。10カ月後、パリ同時多発テロが発生、翌年もブリュッセル連続爆破テロ、ニース・トラック暴走テロが欧州市民を震撼させた。以来5年の歳月が流れたが、惨劇の記憶は生々しく残る。

事件を起こした欧州のイスラム過激派は移民二世の若者たち。彼らは、北アフリカ出身移民の二世として欧州で生まれ育ち、欧州文化に馴染み、欧州の価値観に基づく教育を受けた。にもかかわらず、ある日突然、髭を伸ばし、礼拝を始め、ある者は「イスラム国」と接点を持ち、市民を標的にテロを起こした。なぜか。一連の事件は、これまで「イスラム教徒の過激化」とのコンセプトで解説されてきたが、豊富なフランス体験を持つ著者はそんな俗説に与せず、謎解きに挑む。

コーランさえ、まともに読んでいない彼らがなぜイスラム過激派になれたのか。注目したのは、現代イスラム政治研究者ジル・ケペルのマクロの視点とイスラム地域研究者オリヴィエ・ロワのミクロの視点だ。著者は2人の論に依拠、独自の調査分析を施し次のような結論を導き出す。

一連の事件では、モスク前にたむろしていた若者たちが様々な形でネットワークを広げ、アルカイダや「イスラム国」と結びついて、テロを起こした。テロリストの足跡、生活実態を探ってみると、彼らは、イスラム社会からは孤立したコンパクトなネットワークで結ばれ、地域社会や宗教コミュニティーとはかかわりを持たず、支援も受けない。広く社会に理念を広めて大衆の賛同を得ようとする革命家の真摯さもない。新興宗教やカルトの集団のような極めて閉鎖的な空間に生息してきた過激な若者の小集団だ。

しかし、俗説の一つ、ローンウルフ型テロリストと違って、ネットワークは友人や家族の繋がりを辿る形で広がっていた。実行犯に「兄弟」が多く、支援する妻や女の影がちらつくのは、ここに理由がある。

移民二世が目立つのは、テロリスト誕生の背景に移民一世の両親との「世代間闘争」があるためだ。彼らは、親が生活基盤にしてきた伝統を引き継がなかった。幼少時から欧米文化に漬かり、酒を飲み、女を追いかけ回し、その熱が冷めた時、「偶然接するイスラム過激思想に引きつけられる」。ロワの概念を用いるならば「イスラム教徒の過激化」ではなく「過激派のイスラム化」―即ち、既に過激だった若者が「殉教」を煽るイスラム教に突然目覚める。事の本質はこの点にあるというのだ。

著者プロフィール

鈴木美勝

慶應大学SFC研究所上席所員

   

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