苦闘する自民党プリンスの「青雲編」
2020年1月号
連載 [BOOK Review]
by 砂原庸介
当代一流の政治記者が自民党のプリンスと呼ばれる代議士の結婚までの青雲編を描くとなると、研究者でなくても興味を惹かれる読者は多いだろう。年若の政治家が、同志を集めながら権力をめぐる苦闘の中でもがく姿は小説の主人公のようでもあり、しかもその舞台装置には、著者がこれまで手掛けてきた取材や分析の知見がふんだんに組み込まれている。
本書には、小泉進次郎氏が初当選以来、政治家として成長を遂げてきた過程がある。野党議員であるときから東日本大震災の復興に継続的に関わり、自民党の復帰後1年して内閣府政務官になると政府の意思決定プロセスについて積極的に発言する。既得権益の牙城と目される農政に関われば、「雑巾がけ」から始めてベテランの知遇を得ながら改革の爪痕を残す。そして、現代日本における一番の難問である社会保障改革に関われば、若手を糾合して若年世代を包摂する新しい流れを作り出す。これらの過程で、小泉氏が権力との間合いを計算しながら、冷静に、かつ情熱的に権力へと立ち向かう様子が描写されるのだ。
本書の特徴は、そのような小泉氏を、著者が語り部として紡ぎだしてきた「平成デモクラシー」の中におき、政治家を動かすゲームの構造自体を語らせるところだろう。小泉氏自身が、野党を巻き込む国会改革をはじめとする統治機構改革、そして自民党総裁選の中に置かれることで、それらが持つ問題を明確に把握するとともに改革の議論を展開していく。おそらくは、そのような改革の先に「平成デモクラシー」に続く新たな(よりマシだと信じたい)政治体制における権力への道筋があるという筆者の見立ても含まれているのではないだろうか。
本書の主人公は、自由を尊重する自由主義者として市場志向の改革を訴え、かつ包摂的な志向を持ち、それがフェアなプロセスによって実現することを重視して制度改革を行うリーダーとして読者の前に現れる。それは、著者が描き続けてきた「平成デモクラシー」の中で欠けていた重要なピースでもあった。著者の作品から多くを学んできた評者にも似たような感覚は禁じ得ない。しかし、本当にそんな美しいストーリーがあるのだろうか。ひょっとするとその像は、単に筆者や評者の希望を投影しているだけかもしれない。そして、彼個人ではなく期待を投影されるそのようなポジションこそが、周囲の人間を動かす権力と深く関わるのかもしれない。
いずれにせよ、私たちはこれからしばらく本書を座右に置きながら、小泉氏のライフ・ストーリーの続編を眺めることになるのは間違いないのだろう。