『トッカイ 不良債権 特別回収部 バブルの怪人を追いつめた男たち』

住専「不良債権」雑兵たちの意地

2019年8月号 連載 [BOOK Review]
by A

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『トッカイ 不良債権 特別回収部 バブルの怪人を追いつめた男たち』

トッカイ 不良債権 特別回収部 バブルの怪人を追いつめた男たち

著者/清武英利
出版社/講談社(本体1700円+税)

落ち武者の最期は無残と相場が決まっている。暗い藪からぐさりと横腹を抉られ、落馬するや竹槍の雑兵(ぞうひよう)が群がって首級を挙げる。明智光秀の名は残っても、雑兵たちは常に無名の影法師、光があたることはめったにない。

清武英利のノンフィクションは、いつもこの雑兵たちが主人公だ。山一の「しんがり」しかり、ソニーの「リストラ部屋」しかり。自身も古巣から村八分にされ、長く苦しい暗闘の歳月を経たから、雑兵たちの屈辱と歯軋りの物語は、彼自身が憑依したかのように鬼気迫る。

1990年代バブル崩壊とその後始末の記録は、住専(住宅金融専門会社)の不良債権回収にあたった日弁連元会長の弁護士、中坊公平の住管機構、後身の整理回収機構(RCC)に限っても、公式文献からドキュメンタリー、証言まで無数にある。だが、本書は最前線で怪商や借金王、ヤクザと対峙し、命懸けで取り立てた特別回収部(トッカイ)の雑兵たちの実像を見事に捉えた点で類をみない。

彼らの多くは破綻した住専の元社員らで、悪質債務者の取り立てに転用された将棋の「奪(と)り駒」だった。住専処理には税金6850億円が投じられ、国民の怒りを宥めようと「自分で貸した金は自分で取り立てろ」という貧乏くじを引かせたのだ。

15年で消滅する住管機構に片道切符の彼らを鼓舞しようと、中坊は鬼の形相で「二次損失は出すな」と叱咤しつづけた。雑兵たちも贖罪意識だけでなく、末野謙一や西山正彦、川邊常次ら資産隠しで逃げまくる名うての“悪玉”との攻防で鍛えられ、夜昼なく働いた。

分水嶺は銀行の不良債権を回収する整理回収銀行と合併、中坊が退く99年に訪れる。RCC批判が起きたのは、“悪玉”を仕立てる勧善懲悪の取り立て手法が一般の不振中小企業にはあこぎと映ったからだ。政府は30兆円の公的資金を投じて金融機関全体の立て直しに出動、住専処理の6850億円は遠く霞み、住専の「黒歴史」と戦った中坊イズムは時代遅れとなった。

RCC自体が矛盾していたのだ。住専7社はお取りつぶしなのに、自民の票田に忖度して農協系だけ別扱い。銀行の不良債権回収もRCCの「奪り駒」と比べ生ぬるく、税金と預金者の犠牲のもとに損金処理された。中坊の勧善懲悪はこの金融行政の歪みから目をそらすだけだった。この矛盾はその後も尾を引き、民主党政権下の保証協会「徳政令」でゾンビ企業を生き残らせ、アベノミクスのゼロ金利で地銀危機の禍根を残した。

でもトッカイ魂は残った。最終章で海外に資産を逃避させた西山に完勝するくだりは、雑兵の意地の賜物と言える。

(敬称略)

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