日本社会の変容を知る必読書
2018年8月号
連載 [BOOK Review]
by 山崎史郎(前内閣官房地方創生総括官)
児童相談所 ──。
児童虐待の痛ましい事件が明らかになるたびに話題にのぼる行政機関である。それも多くは、虐待の通報があったのに対応が遅れたなどの批判の対象として。
本書は、その児童相談所の真実の姿を、余すところなく描き出した労作である。
どのような組織で、どのような人がどのような環境で日々働いているのか。国民にとって最も身近な組織であるはずなのに、その実態を知っている人は多くない。
個人的なことになるが、私は長く社会保障行政を担当してきたが、旧厚生省に入省したての頃、1カ月間神奈川県の児童相談所で現場研修をした経験がある。もう大分前になるが、その時に受けた印象は、優しそうな名称と程遠い「毎日、緊張と苦闘が続く最前線」だった。
社会保障分野には様々な現場があるが、私は、これほど法律や通知を一律、機械的に適用することが難しい仕事を知らない。
一人ひとりの子ども、一つひとつの家庭が異なるように、現場のワーカー(児童福祉司)に求められる判断や対応は、ケースごとに異なってくる。しかも、解決への途は長く、なかなか終わりがやってこないのが通例だ。
著者の大久保真紀氏は、朝日新聞にこの人ありと言われてきた、生粋の社会部ジャーナリストだ。よくそんなに気力と体力が続くものだとあきれるほど、現場を歩き、生の人々の声を丹念に聴き、その中から真実を探り出してきた人である。
その大久保氏が、この児童相談所という、今日の日本社会の「最前線」に深く入り込み、20年にもわたる取材から得られた知見をまとめたのが本書である。
児童相談所で、一体、何が起きているのか。多くの改善すべき点があることも確かだが、結論を出す前に、多くの人に是非とも読んでほしい一冊だ。そして、今、日本の家族が抱えている多くの課題を、この本は見事に写し出している。日本社会の変容を知る上でも必読の書だ。
私も、数十年前に自分が体験した現場は、どう変わったのかを知りたいと思い、この本を手にした。そして、読み終えた時、子どもや家族を取り巻く事態はより複雑で深刻になっていることを痛感せざるを得なかった。
一方で、この本で分かったことがもう一つある。それは、あの修羅場のような現場で日々熱い想いを持って取り組んでいるワーカーが今も沢山いるということである。
この困難な仕事に立ち向かう彼らが発した「明けない夜はない」という言葉。熱い想いは現場でしっかりと受け継がれ、今なお衰えていない。