「デキる奴ほど騙される」フェイク
2017年8月号
連載 [BOOK Review]
by A
英語で「コン・ゲーム」と言えば、そんなバカな、と誰しも思いそうなサギ話である。conとはconfidenceの略。なるほど「確信」という言葉自体が皮肉で、立派な学識を誇り権謀術数の策士でも、心に弱みや隙があればころっと信じてバカを見るから、山師カリオストロ、フェーリクス・クルルから映画『スティング』まで詐欺師物語には偶像破壊の快感がある。
本書の主人公、本多維富(ほんだこれとみ)も彼ら凄腕にヒケをとらない。大正末期に「藁から真綿(絹)」を製造できると吹聴、山形の実業家や海軍中将、帝大教授を欺き、そのお墨付きを盾に怪しい資金計画でカネを集めて新聞を騒がせた。公開実験で藁を長時間煮て薬剤を入れ、見物が居眠りし始めたころを見計らって、煮汁に絹糸をまぜ入れると「できた!」と叫んで箸ですくうという手品もどきの手口である。
一味に加わった柔術家の人生が哀れだ。ニューヨークでレスラーと異種格闘技の試合をして敗れ、ベルリンに渡って日本倶楽部で日本人の世話をした。が、メキシコから原油を輸入しようとして破綻、藁にも縋る思いで「藁から真綿」に加担し、本多とともに起訴された。有罪判決で柔術家は行方知れず、どっこい本多は次の詐欺を始める。
それが「水からガソリン」なのだ。ちょうど日本は航空燃料のガソリン調達に四苦八苦するようになっていた。海軍軍縮で空軍力を強化しなければならないのに、オクタン価を上げる技術開発でも後れをとり、支那事変が始まって軍部は焦りだす。その一人が山本五十六だった。
機を見るに敏な本多は、その隙につけこんだ。政界の黒幕、辻嘉六も巻き込み、政商や元新聞記者が群がる。直近に法曹界の権威や財界の重鎮(のちの経団連会長、植村甲午郎の父澄三郎)が騙された「富士山麓油田」の先例があった。かくて海軍省の一室で本多が実験に挑むことになり、立会人に「特攻の父」大西瀧治郎らが入り、海軍省次官の五十六が成否の報告を待つという豪華絢爛な顔ぶれだ。
詐欺がどう見破られたかは本書を読んでのお楽しみ。「水からガソリン」の夢破れた日本は、にもかかわらず3年後に太平洋戦争に突入する。立会人たちのうち航空関係者は全員が戦死か自決を遂げた。だが、本多の詐欺を「荒唐無稽」と笑えるか。資源小国の軛(くびき)から逃れようと中曽根政権が「核燃料サイクル」に国運を賭して30年、その破綻は東電と東芝の二大“経団連企業”のゾンビ化で明らかなのに、現代版「水からガソリン」であったことを認める勇気すら今の日本は持ち合わせていない。
本書の最大の功績は大西のマル秘「顚末書」の発掘だろう。本誌連載『日記逍遥』でも発揮された資料の博捜と徹底した追跡の執念は、さすが元石油会社員の近代史家である。