政・官と市民がせめぎ合う立法ドラマ
2016年11月号
連載 [BOOK Review]
by 堀田力(さわやか福祉財団会長)
今世紀の初頭に発足した介護保険制度は、日本政府がひさかたぶりに創った大きな構造の国の制度である。その創造の舞台裏をたどれば、行政、即ち官僚と、立法、即ち政治家がそれぞれの立場で立ち回る様子が浮かび上がってくる。もちろん、市民もからんでいる。
その実態は、現段階における日本の民主主義の成熟度を示しているから、それを多角的に描いた本書は、政治学者や社会学者の恰好の研究材料であり、また制度の改変について基本から考える人が確認すべき必須の学習素材であると共に、一般の読者にとっては、スリリングな制度設計挑戦のドキュメンタリーになっている。
舞台の背景には、少子高齢化が急速に進み、家族が高齢者を支えられなくなった日本社会の変貌がある。その悲鳴を受け止めた厚生省(当時)の志ある官僚たちが任意に集って対応策を研究し始めた。家族以外の誰が、どんな仕組みで高齢者を支えるのか? その財源は? 1992年非公式に開始された研究は、93年省内で公式なプロジェクトとなり、著者である山崎、香取氏らもその中核に入っていく。
税でやるか社会保険でやるか。保険料を納めるのは20歳以上か40歳以上か。サービスをどうつくり出すか。現金給付をするか。家族介護者にお金を払うか。身体介助以外に家事援助も対象とするか。それはどこまでか。
議論が進み、「世話するだけの寝かせきり介護」から「自立を目指す介護」へと理念を定め、そのための介護の仕方を個別に判断するケアマネージャー制度や、要介護認定制度を新設し、介護される人の主体的判断で介護者を選べることとするなど、画期的な制度の骨組みが見えてきたが、家事援助サービスを入れるか、腰が引けている市町村を保険者にしてよいか、20歳以上か40歳以上かなど、いろいろな人々の暮らしぶりや利害が関わる問題になると、省内の意見も審議会の意見もまとまらない。
ここで政治家と市民が登場する。まとめる方向で知恵を出したのは丹羽雄哉氏。後に引っ張ったのは、梶山静六氏、亀井静香氏、ほか。市民有志をまとめ、その立場から制度を手直しさせた推進者は、著者である菅原弘子氏、故池田省三氏。
日本各界の多彩な人物が登場してせめぎ合いながらついに世界に誇れる新しい制度を創り上げていくダイナミックなドラマは、本書でお楽しみ頂きたい。
それにしても議員や弁護士らがどんどん立案して法案を出す米国に比べ、日本で制度を設計できるのは官僚しかいないのかと、その情熱と能力に敬意を払いつつ、淋しい気がする。著者の大森彌東大教授(当時)が、ひとり当初から参加し地方自治の本旨の実現に怪力を発揮されたことが、救いである。