財政とアベノミクスの今後を占う名著

『財務省と政治 「最強官庁」の虚像と実像』

2015年11月号 連載 [BOOK Review]
by 野中尚人(学習院大学教授)

  • はてなブックマークに追加
『財務省と政治 「最強官庁」の虚像と実像』

財務省と政治 「最強官庁」の虚像と実像
(著者:清水真人)


出版社:中央公論新社(880円+税)

安保をめぐって久しぶりに大荒れとなった国会も終わり、いよいよアベノミクス第2ステージである。しかし足元では、日本の公的債務は1千兆円を超え、対GDP比率で見てもあのギリシャの1.5倍ほどである。

本書が取り上げる財務省は、旧大蔵省の時代から最強の官庁と呼ばれてきた。その大蔵・財務省が官界に君臨し、政治の場面をも取り仕切る、と言われてきた。しかし、そうであるならば、一体なぜ、彼らの追求した財政の健全化政策はここまで無残な失敗に終わってきたのだろうか。本書はまさにこれに対する答えである。同時に、アベノミクスの今後を占う鍵でもある。

著者の清水真人氏は、『官邸主導 小泉純一郎の革命』を始め数多くの政治評論を著しており、いずれも高い評価を受けている。その叙述は幅広い取材に裏づけられて俯瞰する豊かさを持ち、同時に人物・組織の動きや駆け引きを活写する。並の学者には太刀打ちできないほどの分析を示しながら、ストーリーとしての面白みを欠かない。そして、大きく深い問題意識が全編を貫いている。大蔵・財務省とは何だったのか。それは本当に強かったのか。彼らと官邸、与党との関係には一体どのような特質があり、それは時代とともにどう変貌してきたのか。これが本書の中心的な問題設定である。

清水氏は、財務省の特質を官邸・与党と「つるむ」ことだと喝破している。政府全体に網を張り巡らせ、与党や官邸にまで食い込んだ組織力で情報を集め、それを政策情報と組み合わせながら、「竹下カレンダー」の要領で政局の中に埋め込んでいく。これが霞が関の中にあっても同省が突出する鍵であった。しかし、いかに有能で組織力・情報力にたけていても、「政治」なしには決定的な影響力は持ちえない。「つるむ」理由、ないしは必然性はそこから生じたのである。そしてそれは、大蔵・財務省自身が、自他ともに認める霞が関きっての「政治プレーヤー」だということを意味していた。

しかし「つるんだ」が故にこそ、政治の変化と混乱に翻弄され続けてきた。政権交代による政官の間合いの変化、小泉による首相・官邸主導の大実験、数次にわたった金融危機、そして自らの不祥事。政治主導と行革の奔流と民主党の官僚排除。昭和から平成への統治構造変化の中で、財務省の立場と役割にもかつてなかった圧力がかかるようになった。そして、もはや容易には官邸・首相といった権力の中枢と「つるむ」ことの出来なくなった財務省は、アベノミクスと財政再建のはざまで苦闘を続けることになったのである。

本書は、20世紀型の日本の政治経済財政が、21世紀型へと転換することの意味と難しさを、財務省という大黒柱のありようから読み解く名著といって良い。

著者プロフィール

野中尚人

学習院大学教授

   

  • はてなブックマークに追加