稀代の事業家を偲ぶユニークな名言集

『先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方』

2010年5月号 連載 [BOOK Review]
by W

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『先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方』

先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方
(著者:樋口武男)


出版社:文藝春秋(税込み861円)

「社葬はするな。1日たりとも仕事を止めてほしくないのや!」

2003年に81歳の生涯を閉じた大和ハウス工業の創業者・石橋信夫は、著者の樋口武男(当時社長、現会長)にこう告げた。口ごもる樋口に、病床の石橋は左右の腕でバッテンを作ってみせた。

「通夜は『石橋家の通夜』をせい。会社と石橋家の看板と花があればいい。あとは一切受け取るな。出席するのは本社と関連会社の幹部だけ。出棺がすんだらもう帰って仕事につけ。わしにとっていちばんの弔意は、この会社が100年、200年続くことや」

シベリア抑留から復員した石橋が、材木不足の時代に鉄パイプで家を建てるアイデアを考案したのは1950年、29歳の時だった。3時間で建つ画期的な「ミゼットハウス」で大成功を収め、その後、住宅難にあえぐ国民に、丈夫で安価な住宅を提供すべく「建築の工業化」に取り組み、わずか一代で1兆円企業に育て上げた。

戦中戦後の艱難を乗り越えた石橋の口癖は「闘いには百戦百勝、ぜったいに勝たないかん。経営でも人生でもそうや!」。創業時は、戦傷で悪くした足を引きずりながら「夜汽車をホテル、ベンチをベッド」に全国を駆け巡り、パイプハウスを売り込んだ。そんな不撓不屈の創業者のもとで、大和ハウスは「野武士集団」と呼ばれるようになる。草創期の63年に入社した樋口は、「石橋信夫」を経営の、そして人生の師として仰ぎ、石橋との対話を記録し続けた。そのメモの量は段ボール1箱分に及ぶ。

「創業者はユニークな名言・格言を生み出す達人であった。この本では一話ごとに創業者の名言を掲げ、その言葉に結晶した、もの作り、人材育成法、営業のツボ等々の経営のヒントをお伝えしたい」と樋口は語る。

紹介された「名言」は51話。「カンが先で理論は後や」「商品は三年後には墓場にやれ」「お金のないほうが商売は儲かる」「土地には惚れるな」「社葬無用」と、何ともユニークだ。時代背景とエピソードを交え軽妙に語られていく。

樋口は01年、社長に就任。当時「大企業病」に陥っていた大和ハウスに「野武士の魂」を蘇らせたことで知られる。その秘密を明かした『熱湯経営』(文春新書)は10万部のベストセラーとなり、次に樋口が選んだテーマは、創業者の仕事と人生を語り、その言葉を若き世代に伝えることだった。

タイトルとなった「『先の先』を読め」のくだりは印象的だ。

「安全に、と思うたら即、危機を招くゾ」。いままでが安泰だったから、仕事を従来通り続けていけば今後も大丈夫だろう。そう思った瞬間に「停滞」が始まる。いかにして時代の変化に対応していくか。結局はトップの姿勢しだいなのだ、と創業者は言い、「樋口くん、『先の先』を見てくれよ。『先の先』やぞ」と、私の顔を見るたびに繰り返し念を押した――と樋口は書く。

「(創業者は)幾多の難局を不撓不屈の精神力と創意工夫によって乗り切り、天にも地にも恥じることのない言動を貫いた。いま、その人となりと時代を振り返ることが、私たちが真っ当に立ち返る道筋を探る一助になると思う」と結ぶ。『熱湯経営』の樋口ならではの「熱き心」を伝える快著である。

著者プロフィール

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