「プロ農家」が叫ぶ怒りの正論

『農協との「30年戦争」』

2010年2月号 連載 [BOOK Review]
by S

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『農協との「30年戦争」』

農協との「30年戦争」
(著者:岡本重明)


出版社:文藝春秋(税込み735円)

民主党が取り組む壮大な社会実験、農家の「戸別所得補償制度」。このマニフェストの目玉政策に、本書の著者・岡本重明氏は真っ向から異を唱える。

愛知県の渥美半島で30年にわたり、専業農家として生計を立ててきた著者は、怒っている。「民主党の戸別所得補償を聞いてがっかりした。現場を知らない政治家による票欲しさのための税金のバラマキに過ぎない」

著者の大きな問題意識は、産業として自立した農業を展開するにはどうしたらいいのか、という点にある。農業がいかに消費者と向き合うかが問われていることを指摘し、「延命のための補助金なんて要らない」と公言して憚らない。

さらに、農業が置かれた現状を「幕末」と捉え、今こそ、将来展望を切り開いていくためのロードマップを描く時期だと主張する。そのためには、農業に企業経営的センスを取り入れ、利益をあげるためのさまざまな改革が必要だ、と訴える。実際、著者は愛知県でもっとも早い時期に農業生産法人を設立し、今では売上高1億円を超える有限会社「新鮮組」の社長でもある。

こうした著者のような「プロ農家」の前に立ちはだかる巨大な壁が、農協である。特に地元の農協JA愛知みなみは、農畜産物販売高が全国1位であり、農家への影響力は絶大だ。その農協が今も農家を旧態依然とした「ムラの掟」で縛りつけ、補助金欲しさに唯々諾々と従う農家から吸い上げた資金で潤い、大きな権益を持ち続けている。「農家ではなく、職員を食わせるための農協なら潰したほうがいい」と著者は切り捨てる。

本書は著者と地元農協との30年にわたる戦いの記録でもある。生産から出荷まで、「みんな同じ」が当たり前の組織に対して、しばしば正論をぶつける著者には、「変人」のレッテルが貼られ、和を乱す人間として徹底的にイジメ抜かれてきたという。農協から導入したトラクターの故障修理をサボタージュされたり、人間性を否定するような誹謗中傷を流されたり。エピソードが満載で、不況と戦うビジネスマンにも示唆に富む内容となっている。

そして本書のもう一つの読みどころが、経営者として極めてユニークなアイデアの数々である。一例を紹介すると、「米が売れないのは、コシヒカリに特化するあまり、食の多様化についていけなくなったからだ」と考えた著者は、東南アジアからカレーやピラフなどの料理に向いている長粒種米の種子を持ち帰り、国内での収穫に成功する。その長粒種米は高級洋食専門店向けとして、コシヒカリの2倍の価格で販売することができた。ここにも消費者と向き合う意識が、強くにじんでいる。

今や著者のもとには全国から「脱農協」を志す農家が相談に訪れており、著者は「農業界の『龍馬』として農業改革を目指したい」と闘志を燃やしている。「拙著は、私が長年感じてきた『思いの丈』を叫んだものである」と記しているが、泥だらけになり、汗にまみれて戦ってきた男が発する言葉にはリアリティーがある。一つ一つの言葉に実感がこもっていないため、まるで胸に響かない鳩山首相の言葉とは対照的だ。

著者プロフィール

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