「政治の中の死」と背中合わせの外交

『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』

2008年6月号 連載 [BOOK Review]
by 石

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葡萄酒か、さもなくば銃弾を
(手嶋龍一)


出版社:講談社(税込み1785円)

しゃれた、ちょっとキザなタイトルに「Days of Wine and Bullets」の横文字が添えられている。60年代はじめに公開されたジャック・レモン主演の映画『酒とバラの日々』のもじりだろうか。

あちらはアル中夫妻の物語だったが、こちらは謀殺による「政治の中の死」と背中合わせに、厳しい決断を迫られる外交の舞台裏を、ふんだんなエピソードで描いてみせる。本誌のコラム「手嶋龍一式intelligence」などに寄稿した記事に書き下ろしを加え、内外の29人のケースを取り上げている。

出だしは米大統領予備選でしのぎを削る民主党のバラク・オバマとヒラリー・クリントン。連邦議会議事堂の中を走るミニ地下鉄で、爽やかなたたずまいのオバマに話しかけるシーンなど、NHKワシントン支局長として国際政治の現場に立ち会った著者ならではの生の体験談が、未知の登場人物たちを身近に感じさせてくれる。

暗殺者の銃弾で「政治の中の死」を迎えたケネディ米大統領のエピソードが興味深い。ソ連との核戦争の瀬戸際に立たされたキューバ危機に際し、ケネディは空軍に影響力を持つロバート・ロベット元国防長官に接触、やりとりをテープに吹き込んでいた。

核の使用をためらわぬ決意を大統領に確認したうえで、ロベットが提案したのはソ連艦隊の海上封鎖。米空軍が主張するキューバ空爆にソ連が反撃、ベルリン占領に至れば、ソ連の核ミサイルの脅威に耐えてきたヨーロッパの同盟諸国から非難の嵐を浴びるとの判断だった。ケネディが空爆論を退けて退席したあと、将軍たちが彼をののしる様子が録音されていたそうだ。

ドイツのコール元首相は、クリントン米大統領のイラク攻撃に憤った。ミサイル攻撃の直後に世論調査をし、支持が得られれば二次攻撃にかかる。そんな政治手法に、票ほしさに有権者の意向に迎合するポピュリズムを感じたからだ。ポピュリズムを「代議制民主主義を内側から腐食させる危うい媚薬」「新たな全体主義を生む危険な芽」と断じる著者の指摘は鋭い。

キッシンジャー元米国務長官、戴秉国中国国務委員、ゲンシャー元ドイツ外相、ダレス元米国務長官ら、歴史の転換点で重要な役割を演じた人々を、次々と俎上に載せてさばいてみせる手並みが鮮やかだ。「ミスター・インテリジェンス」と呼ばれる筆者ならではの、綿密な取材、情報収集力あってこその成果だろう。

歴史に名を残した欧米指導者の話題は十二分に興味深いが、手嶋氏が訴えたいのは、後半に登場する小泉純一郎、小沢一郎、安倍晋三、福田康夫ら日本の指導者に対する不安に違いない。靖国問題で日本外交を孤立させ、対北朝鮮政策などをめぐって日米同盟の亀裂を深める彼らのふるまいに、強いいらだちを見せる。

エピローグに沖縄返還交渉で密使を演じた若泉敬を取り上げ、彼が日米秘密交渉の過程を遺作で明らかにしたのは、「主権国家の基本たる安全保障に真摯に取り組む志をいつの頃からか摩滅させてしまった祖国、日本への深い絶望」があったからと説く。故若泉の絶望は、手嶋氏にも危機感として潜在しているようだ。

著者プロフィール

   

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