『憲法政治』―「護憲か改憲か」を超えて

安倍氏なぜ「改憲」できなかったか  評者:宇野重規 東京大学教授

2022年3月号 連載 [BOOK Review]
by 宇野重規(東京大学教授)

  • はてなブックマークに追加
『憲法政治』

憲法政治

著者/清水真人
出版社/筑摩書房(本体940円+税)

憲法政治をめぐる快著である。憲法論というと、とかく改憲派と護憲派の互いに相容れないイデオロギー対立に終始しがちである。永年にわたる議論の膠着の結果、改憲派はどの条文でもいいからともかく変えようと、憲法改正を自己目的化する。対するに護憲派もまた、いかなる条文についても修正は認めないという現行憲法の絶対化に陥りがちである。

著者は両者と距離を取る。元々日本国憲法は条文が少なく、簡潔である。立法や解釈変更で対応できる余地は大きく、必然性や緊急性のない改正は不要である。その一方、1990年代の政治改革以来の「平成デモクラシー」には課題も多い。首相の指導力は強化されたが、それをチェックする力は十分ではない。さらなる統治構造の改革の視点から憲法を論じる意義は小さくないはずだ。

練達のジャーナリストは、憲法学者や政治学者の考察を幅広く渉猟しつつ、政治過程を丁寧に追跡する。読者は高度な理論と現実政治のダイナミズムが切り結ぶさまを堪能することができるだろう。とくに、憲法改正を至上の課題と位置づけた安倍晋三首相の第二次政権が、7年8カ月という空前の在任期間にもかかわらず憲法改正を実現できなかったのはなぜなのか。その検証はスリリングで、政治学的にも実に興味深い。

大きいのは憲法調査会(その後、衆院憲法審査会)を主導した中山太郎という政治家の存在である。「与党に度量を、野党に良識を」を求めた中山の下、自由討議の時間を政党間で均等に配分し、政局を絡めないことがそのルールとなった。この中山ルールは、その後の政治過程に大きな影響を及ぼしていく。

その一方、憲法改正をあくまで両院議員の力で実現するため、内閣や行政官僚の関与を排除したことは、憲法をめぐる専門的な議論を難しくした。さらに、安倍首相が戦略的に短期の解散を繰り返したことや、野党に対する敵対的な姿勢が反発を招いたことは、改正への道を険しいものとした。

ある意味で安倍首相は権力維持のリアリズムを徹底した結果、憲法改正という「理想」実現の機会を逸したとも言える。そこに天皇の退位問題、森友・加計問題、そして新型コロナウイルスの感染拡大が発生することで、安倍首相の戦略は蹉跌を余儀なくされたのである。

国会に専門家会議を置くこと、改正の審議前に両院合同の審査会で大枠の事前調査を行うこと、更に改憲は九条や人権より統治構造の改革を優先することといった本書の提言は、極めて有意義である。今後も憲法政治の緊迫した状況が続く。頭の整理のために不可欠な一冊である。

著者プロフィール

宇野重規

東京大学教授

   

  • はてなブックマークに追加