赤報隊の影を追う「覚悟と矜持」
2018年4月号
連載 [BOOK Review]
by 有田芳生(参議院議員)
朝日新聞阪神支局(1987年5月3日)などを襲った赤報隊事件から30年がすぎた。あの日曜の夜にNHKで速報が流れた瞬間の衝撃はいまも身体に残っている。「朝日ジャーナル」の「霊感商法(統一教会信者が行っていた)」批判チーム2人のうちのひとりとして緊張の日々がはじまった。なぜか。本書で実名を伏せて詳しく紹介されているように、統一教会と関連組織である国際勝共連合の周辺が捜査の対象になっていたからだ。朝日新聞記者なら怒りとともに当事者としてさらに切実な緊迫感に囚われたことだろう。事件が起きてからずっと、定年を迎えてからもなお赤報隊の影を追っている記者がいる。それが本書の著者である樋田毅さんだ。
一気に読んだ。知らないことが多かった。朝日新聞の名古屋の社員寮が襲われたとき、若い実行犯は2人の人物に目撃されていた。そのひとりには素顔を見られ、会話も交わしている。さらに静岡支局爆破未遂事件では、別の実行犯はタクシー運転手の証言から似顔絵まで作成されていた。著者は犯人グループを結束の強い2~3人で、犯行声明を書いたのは60代だと推測する。その根拠を物語として描いた第2章「犯行の経過」は興味深い。警察庁は捜査線上にのぼった9人の男をリストアップした。著者たち特命取材班は一人ひとりを追跡し、証言を引き出していく。第3章「新右翼とその周辺」ではその様子がリアルに描かれている。読者は取材現場に同行しているかのようにひきこまれていくだろう。
第5章となる統一教会と国際勝共連合への取材で、著者たちは武闘訓練も行う「特殊部隊」にまでたどりつく。私もこの集団の取材をはじめてから自宅への無言電話や尾行があった。「有田芳生をぶっ殺す 死ね!!」といった脅迫状が何通も届いた。事件から10年目に「赤報隊と統一教会を結ぶ点と線」という記事を「週刊文春」(97年5月15日号)に書いたのは、こんな体験があったからである。
残念ながら記者たちも捜査当局も犯人にはたどりつけず、2003年3月に事件は時効を迎えた。だが本書を読めばわかるように、赤報隊はいまも影を落としている。「我々は赤報隊の行動を、義挙だとはっきり支持する」「朝日を叩き潰せ。朝日記者は死ね、死ね、死ね」。これは14年5月3日に事件が起きた阪神支局前で「在特会」が行った街宣である。「義挙」だと持ち上げる行動は東京でも行われている。著者が取材した「元ネオナチの右翼活動家」は9人リストにあげられたひとりだが、いまでもヘイトスピーチをこととする排外主義的な活動を続けている。
「覚悟と矜持」――著者は犯人追及を諦めない志をこの言葉に凝縮した。赤報隊事件は現在進行中の現代的課題なのである。