『アメリカは日本経済の復活を知っている 』
2013年2月号
連載 [BOOK Review]
by A
多言は要すまい。「次元の異なる金融政策」を掲げて総選挙で圧勝した安倍晋三首相が、マクロ経済政策の指南役として内閣参与に指名したイェール大学名誉教授によるタイムリーな新著である。物価目標2%と大胆な量的緩和を口にしただけで、今まで「できない」とされた円安是正と株価反発がなぜ実現したかをやさしく書いてある。
理由は簡単である。東大のゼミでは優秀な学生だった白川方明日銀総裁が、経済学の常識を無視して物価抑制のみを善とする過去の「日銀理論」に凝り固まり、リーマン・ショック後の深刻なデフレ危機に量的緩和の処方を渋ってきたからだ。
経済学の常識に反し、世界の中央銀行やエコノミストから「お粗末な政策」と陰口を叩かれながら、白川日銀が陥っていた誤謬を浜田教授は早くから嘆いていた。師が自分の弟子を撃つのはなまなかでできることではない。教授にムチを振るわせたのは経済学への愛情と矜持(きようじ)以外のものではなかったろう。
「王様はロバの耳」ではないが、ポチ学者だらけの日本の経済学界では、反日銀の旗印は孤立を意味した。いわんや師が弟子を撃つ非情は、事なかれが横行する学界では「非礼」「耄碌(もうろく)」と貶された。FACTAは、2010年8月号で浜田教授と高橋洋一嘉悦大学教授の対談を掲載したから、リア王さながらの孤立無援はよく知っている。応援していたのは、岩田規久男学習院大教授、若田部昌澄早稲田大学教授、産経新聞の田村秀男編集委員、評論家の勝間和代氏らほんの一握りしかいなかった。
その「老いの一徹」が安倍政権で報われる形になったのは慶賀に堪えない。本書はいわばその師弟対決を縦軸に、保身と弁解を優先する日銀や御用新聞、ポチ学者たちの「無責任の体系」を横軸に、日本の経済政策の根幹で何が狂っていたかを浮き彫りにする断層図になっている。
浜田教授が考えていた研究生活の集大成は、なぜ日本がかくもマクロ経済政策を間違えるのかというテーマだった。そのために内外の経済学者60人以上からヒアリングを進めてきた。その中にはマンキューやフェルドシュタイン、ジョルゲンソンら錚々(そうそう)たる顔ぶれが含まれている。本書はそれを土台にしているが、彼ら専門家の診断を直接引用しているわけではない。世界の本物の経済学者が日銀の過ちに対して本音でどう語ったのか、ぜひとも知りたいところだ。
安倍・浜田対談はネットメディア「現代ビジネス」が載せたから、講談社が本書を企画するのは当然だろう。が、同じ編集者が、京大土木出身で国土強靭化計画のイデオローグ、藤井聡教授の『救国のレジリエンス』を企画しているのには驚く。陰謀史観的な反市場主義とどう同居できるのか。それが安倍政権のアキレス腱だろう。