「直前予知」の手法に辿り着く期待

『巨大地震の真実』地震研究の現在地から言えること 著者/笠原順三 倉澤治雄 評者/田中俊一

2026年8月号 連載 [BOOK Review]

『巨大地震の真実』地震研究の現在地から言えること

『巨大地震の真実』地震研究の現在地から言えること

著者/笠原順三 倉澤治雄
出版社/花伝社
定価/1980円(税込み)

本書は東京大学名誉教授の笠原順三先生に科学ジャーナリストの倉澤治雄氏が質問する形でまとめられており、その質問は国民の命と生活を脅かしてきた巨大地震に関する倉澤氏の経験・知見に裏付けられている。

我々が漠然と有している「巨大地震の事前の予知」の願望を踏まえており、「予知ができれば人命を見殺しにすることはないはずだ」という、メディアとしての責任感に裏付けられている。笠原先生は海洋地震の世界的権威で、海底地震計と人工地震を組み合わせて、プレート境界の構造やプレート相互作用の研究で巨大地震のメカニズム解明に貢献してきた。

巨大地震といえば、私にとって真っ先に思い出すのは「東日本大震災」と「東電福島第一原発事故(1F事故)」である。1F事故発生の翌年9月に、新たに発足した原子力規制委員会の委員長に任命され、壊滅した日本の原子力安全行政の再建を付託されたが、この時の最大の課題が原発の耐震基準(津波を含む)である。

元地震予知連絡会長の島崎邦彦氏も5人の委員の一人であり、大いに期待したが、「数百年以内といった推測はできても、数日とか数カ月といった時間軸での地震の予測はできない」との見解であった。不確実な予測に基づいて、社会活動や経済活動に重大な影響を及ぼす原発を停止させたり、廃止させる判断はできず、原子炉建屋の破壊など、直接放射能の閉じ込め機能等に影響を及ぼす直下型地震の可能性の有無を判断の基準とした。また1F事故が津波によって引き起こされた教訓も踏まえて、炉心冷却などの重要な安全機器の水密化を要求したことを思い出す。

原発が環境にまで影響を及ぼす重大事故は、反応度事故(いわゆる暴走)と冷却材喪失事故が想定される。核分裂反応は地震を感知して直ちに停止させることができるので反応度事故の発生は想定しにくいが、冷却材喪失事故を防止するためには炉心の冷却は相当の期間は継続することが必須である。いかなる事態においても炉心冷却機能の健全性を担保することの重要性は1F事故の教訓である。

本書では過去に発生した数多くの大きな地震を専門的視点から整理し、地震発生のメカニズムを解き明かしているが、残念ながら現時点では地震発生の的確な予測ができる見通しには至っていない。

一方、巨大地震の発生には水などの液状物質が深く関わっていることなどの新たな知見も示されており、更に精密な調査研究を進めて直前予知の手法に辿り着く期待を抱かせるものもある。

直前予測という難題に対する回答がいつ現実になるかは分からないが、数百年の単位でみれば、日本での巨大地震はもちろん超巨大地震の発生はかなり確実視されており、これに伴う30mを超える津波の発生も予測されている。巨大地震と巨大津波による人命と財産の被害は想像を絶するものであることを考えると、本書が巨大地震発生の予測への大きなステップとなることを切望したい。同時に、本書が国民一人一人の地震についての理解の一助となり、身を護る知恵を学ぶと共に、地震発生予測研究の取り組みの推進力となることを期待したい。

■評者プロフィール

 田中俊一
 原子力規制委員会の初代委員長