バブルは予見可能、抱腹絶倒の証明

『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』

2010年10月号 連載 [BOOK Review]
by A

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『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』

世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち
(著者:マイケル・ルイス/訳者:東江一紀)


出版社:文藝春秋(税込み1890円)

なぜかバブルとその破裂は予見不能と言われる。その説に痛烈な反証が現れた。“サブプライム狂騒曲”のノンフィクションだが、一読、抱腹絶倒の快作である。

作者は1980年代バブルの内幕を「ウォール街の幼稚園」として活写した『ライアーズ・ポーカー』のマイケル・ルイス。債券の雄だった米大手証券ソロモン・ブラザーズ出身だが、プリンストン大卒の頭脳と縦横の才筆で一躍ベストセラー作家となり、芸域を広げてIT長者からプロ野球界まで他流試合をこなして、20年ぶりにウォール街に戻ってきたのだ。

やはりモチはモチ屋。CDO(返済能力のない人々に貸した住宅ローン債権を集めて金色に塗りたくった糞)だの、CDS(保険の形でCDOを完璧に複製したクズ債券の塔)だの難解な金融商品をこれだけ平易に暴いた本はない。

ソロモンで鍛えただけに、偶像破壊は容赦ない。元財務長官ポールソンやリーマン幹部だった桂木明夫らが書いた「言い訳本」も、ジャーナリストが調べた『リーマン・ショック・コンフィデンシャル』などの類書も顔色なし。それを可能にしたのは、ベアー・スターンズやリーマンの破綻を予見し、空売りを仕掛けた少数の“勝者”の側から、逆光で「愚者の楽園」を描いた手法による。金融街のエリートたちを固有名詞でとりあげ、貪欲と無知を髣髴とさせるピカレスク描写は感嘆するほかない。

組んずほぐれつの珍獣動物園も、ショート(売り持ち)とロング(買い持ち)に二分すれば簡単。大多数の愚者と一握りの賢者が力相撲で迎えるハルマゲドンに、読者はカタルシスを覚える。しかし賢者の側もまた、一癖も二癖もあるひねくれ者ばかりなのだ。

へそ曲がりで顧客の神経を逆なでするヘッジファンド創業者、片目が偽眼でアスペルガー症候群(知的障害のない発達障害)の神経科医兼投資家、ポルノ男優みたいな鼻持ちならない債券トレーダー、そしてハルマゲドン小説『レフトビハインド』の4人組そっくりの田舎者投資グループが、こっそり仕掛ける時限爆弾……。

注も面白い。06年に見切りをつけていち早く脱出したというゴールドマン・サックスは「周到に難を避けたのではなく、単に非常口からいちばん先に飛び出しただけの話だ。しかも、飛び出したあと、非常口の扉を閉ざした」と。

もちろん、道化役として日本勢も欠かせない。尊大な日本の大手不動産の社長が、財務諸表を「トイレットペーパー」とけなされて絶句する場面。ラスベガスのホテルで対峙した不遜な中国人CDOトレーダーと、鉄板焼の「OKADA」で醤油に枝豆を浸して交わす会話に日本の農協が出てくる。ああ、農林中金。そして最後にババをつかんだみずほ証券のトホホ。

バブル不可知説の代表は「中央銀行は事後的な緩和で恐慌の火消しをするしかない」というFED(米連邦準備理事会)ビューだが、本書はグリーンスパンもバーナンキも楽観論を垂れ流した点で同罪とみなす。では、1年半前の4月23日にニューヨークでFEDビューに異を唱えた白川日銀総裁は? 眼前にあるデフレすら見えないデフレ不可知の鈍感バンカーでは、語るに落ちるか。

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