「国策捜査」に被告の前知事が異議

『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』

2009年10月号 連載 [BOOK Review]
by 石田修大

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『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件
(著者:佐藤栄佐久)


出版社:平凡社(税込み1680円)

一般市民が被告を裁く裁判員制度がスタートした。当面は被告が起訴事実を認めたケースばかりだったから、判断のポイントは量刑に集中した。だが裁判で難しいのは被告が起訴事実を否認し、明確な物的証拠も乏しいケースでの有罪・無罪の判断である。プロの裁判官ですら判断を誤ることが珍しくないのは、少なからぬ冤罪事件が証明している。

官製談合による収賄罪で起訴された前福島県知事、佐藤栄佐久氏もまた、取り調べ過程で本意に反して自白したが公判では起訴事実を否認、だが一審判決では有罪の判断が示された。収賄罪は裁判員制度の対象事件ではないが、世間が裁判に関心を寄せ、冤罪事件や国策捜査が話題になっている今、被告自ら捜査・取り調べの様子や公判でのやりとりを明かした『知事抹殺』は、世間に対して無罪を訴える、いわば「法廷外闘争」の書である。

著者の官製談合事件容疑は、ダム建設にからみ特定の建設会社に落札させるよう、担当部長に“天の声”を発し、見返りに佐藤氏の実弟が経営する会社の土地を建設会社に高く買い取らせ、相場との差額分を賄賂として受け取ったというものである。

これに対し、著者は“天の声”など発したことはなく、実弟の会社の土地売却についても詳細は承知しておらず、まったくの濡れ衣と主張する。取り調べ段階で自白したのも、執拗な追及に精神的に追いつめられ、関係者が自殺、自殺未遂するなど周辺に迷惑をかけた道義的責任からだという。

佐藤氏といえば5期18年の長きにわたって福島県知事を務め、地方分権を主張、道州制に反対するなど霞が関に対抗する改革派知事として名高かった。本書も前半は安全性に問題ありと国の原発行政に異を唱え、地方分権のために奔走した経緯を物語っている。それも自らの潔白を間接的に証拠立てるためであり、霞が関に刃向かう姿勢が国策捜査を招いたと主張するためのようだ。

たしかに“天の声”についても担当部長の証言以外に確たる証拠はなく、土地の売却代金も主として実弟の会社の再建資金に充てられたという。このため一審判決も7千万円余の収賄罪の成立は認めながら、佐藤氏の関与は積極的ではないと執行猶予になった。検察側の立証不十分もあって、歯切れのいい判決ではなさそうだ。

実弟の取り調べにあたった検事が「これは国策捜査である」「佐藤知事は抹殺する」と恫喝したなど、密室での取り調べを批判し、判決までは推定無罪が原則のはずなのに、逮捕前後から犯罪者扱いのマスコミに異議を申し立てている。国民が司法に参加するようになった時代に、検察もマスコミも反省を求められるべきだろう。

とはいえ読了して、これで著者の無実を裁判官に確信させられるかどうかと考えこまざるをえない。二審公判中の出版であり、10月14日の高裁判決がどうなるか注目される。実弟の兄に対する劣等感に、法廷で初めて気づいたというエピソードも、弟とはそれほど無関係だったことの証明のようにも読み取れる。本人には明々白々の事実も、第三者を納得させるのはまことに難しい。

著者プロフィール

石田修大

   

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