『令和政権論』今なぜ高市首相なのか 著者/御厨貴、芹川洋一 評者/山田孝男
2026年11月号 連載 [BOOK Review]
2021年の9月だったと思う。初めて自民党総裁選候補者討論会に挑んだ高市早苗がテレビの取材に答えてこう言った。「私、論戦で負ける気がしないんです」。当時、泡沫候補の大言壮語について深く考えることはなかった(この時の勝者は岸田文雄。2位が河野太郎、高市は3位)。ただ、「論戦に負ける気がしない」というフレーズは耳の底に残った。それから5年。26年の今、なぜ高市首相なのか。高市はなぜ2月の総選挙に圧勝し、今なお支持されているのか。円熟の学者とコラムニストが謎解きに挑み、名調子の掛け合いを繰り広げている。
神戸大経営学部と松下政経塾を出た高市は新しい学びに挑む時、〈学習魔〉とでも言うべき非凡な集中力を発揮する。閣僚時代、予算委前日の大臣レク(官僚主導の説明)を嫌った。資料を議員宿舎に運ばせ、諳(そら)んじるまで読んだ。この習慣は、霞が関では以前から知られていた。
自民党と連立を組んだ日本維新の会の藤田文武共同代表が、連立協議を回顧してこう言っている。「高市総裁は維新のマニフェストと提言書をすべて読み込んで、すべて頭に入っていて驚きと尊敬を感じた」(本書120ページ)。こぼれ話の興味深い箇所である。
高市は物覚えの良さに自信がある。自室に籠もって学習し、細部までシナリオを決めて話す。記者会見や国会答弁を極力避けるのは予想外の質問でシナリオを乱されたくないから。代わりにX(旧ツイッター)投稿が、多い月は100件。熊本地震の被災地を視察した際は、ピアノのBGMが流れる動画配信で物議を醸した。「高市の宣伝なのか?」という話である。
SNS重視だから交際は狭い。飲み会が苦手。側近や官僚のチームも派閥もない。〈学習魔〉は孤立している。
本来、首相は「常に新しい情報のなかにどう身を置くかを考え、側近、官僚を使いこなす」(御厨)のが務めである。「多くの人たちと取り組み、摩擦を少なくして統合していく、そのプロセスが政治」(芹川)のはずである。
ところが、高市は馬耳東風の閉じ籠もりとSNSざんまい。それでどこまでもつか? 両著者のみならず評者も不安である。
グローバルに振り返るなら、高市政権は時代の要請だった。トランプ、プーチン、習近平に伍して立つのに柔和なメッセージは禁物だった。四年半前、ロシアのウクライナ侵攻を見て日本人の安保観は変わった。日米安保観も、アメリカ観も変わりつつある。
この本は高市に先立つ三代の政権(菅義偉、岸田文雄、石破茂)も扱う。そこを通って最後に高市が政権を握った直後、中道改革連合は潰れ、共産党も大敗を喫した。「革新」は既に死語。「保守」は大はやりだが、保守とは何か、根本が霞んでいる「保守・革新」では、日本の政治が説明できなくなった。「戦後は80年で終わった」(御厨)のである。
次の扉を開くのは高市か。新しい道を示し、高市を超える誰かが躍り出るか。過去は猛スピードで記憶の彼方へ走り去る。忘れられた2021年から5年間の政治を思い出し、思索を深める1冊。
(敬称略)
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