連載コラム:「某月風紋」

2022年2月号 連載 [コラム:「某月風紋」]

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「本病流行の状況を…道府県に於いて調査したる所によれば、大正7年8月初発以来8年1月15日迄の概数は患者約1023万人余、死者実に20万4千人余にして、患者は全人口の三分の一に達し、死者は人口1千に対し3・58人の効率におよべり」

戦前の内務省衛生局編の『流行性感冒』は、「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザの記録である。冒頭の第1波から20年の第3波にかけて死者は38万5千人に及んだ。ウイルス学が専門の西村秀一医師が、古書店が売りに出したのを手に入れ、『東洋文庫』が2008年9月に世に出した。「解説」の中で、次のように述べる。

「インフルエンザの臨床像、被害のようす、中央と各地の対策といった流行の全体像を知る上での第1級の2次資料である」。

なかでも、感染状況の「サーベイランス」――。内務省傘下の警察所に毎日書面の報告を求めた。駐在所の巡査が所轄地区の流行状況について頻繁に町の警察本部に電話あるいは電報連絡。「現代で言えば、特定の感染症に絞って監視を行う、症候群サーベイランスに相当する」

「インターネットもなかった当時、今でも目をみはるほどの情報収集力で、国内のみならず海外の情報をも集め、きちんと整理し理解している」

大正の文壇もスペイン風邪に襲われた。劇作家の島村抱月が亡くなり、舞台を支えた女優・松井須磨子が後を追った。芥川龍之介は二度にわたって罹患、与謝野晶子は子どもが感染した。

関東大震災(大正12年)の4年後、龍之介が「唯ぼんやりとした不安」という言葉を残して自殺する。スペイン風邪の記憶を引きずる社会に衝撃を与えた。

厚労省によると、20代の女性の自殺者(2020年)は、無職の人は過去5年比で微減だったのに、働く女性は3割近く増加した。失業や減収と無縁ではあるまい。今また第6波の恐怖と不安が襲いかかる。

(河舟遊)

   

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