三耕探究⑦ 日本の危機!「六重苦」で「貧しい国」の断崖/大塚耕平/参議院議員

根拠のない楽観論に引きこもりがちな日本社会。あえて「最悪の事態」を想定しておく。世界的に著しいインフレになり、日本国債は暴落。

2022年2月号 POLITICS [三耕探求⑦]
by 大塚耕平(参議院議員)

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「財政政策検討本部」最高顧問の安倍元首相(写真/堀田喬)

1月開会の通常国会では過去最大107.6兆円の2022年度予算案が審議される。財源調達は日銀による事実上の財政ファイナンスに依存せざるをえない状況だ。

2021年11月末の日銀総資産対名目GDP比は過去最悪の135%に達している。第2次安倍政権発足直前の2012年11月末の同比率は25%だったので、実に5.4倍である。

昨年総選挙の際に安倍元首相が「1万円札の印刷費は20円。お札を刷れば財政赤字は何の心配もない」という趣旨の演説を行った。その後も同様の発言を繰り返している。海外投資家から真偽を確かめるメールや連絡が入るのは筆者だけではないだろう。

結論が出ない新「二兎論争」

「財政健全化推進本部」最高顧問の 麻生元首相(写真/堀田喬)

12月7日、財政運営に関する自民党の二つの会合が開催された。一つは「財政健全化推進本部」。最高顧問は麻生前財務大臣・元総理。もう一つは「財政政策検討本部」。最高顧問は安倍元総理。前者は財政健全化を目指し、後者は財政拡大を求める会合のようだ。

後者の会合はMMT的主張をベースとした論陣だ。MMTは現代金融(貨幣)理論(Modern Monetary Theory)の頭文字である。

独自通貨を有する国は通貨を限度なく発行できるため、デフォルト(債務不履行)にはならない。インフレにならない限り、財政赤字は気にしなくてよい、国債はいくら発行してもよいと主張する。こうした考えに基づいて積極財政を求める意見が自民党内で強まっている。国民の中にも同様の主張が以前より拡大している印象だ。

MMT派では、基礎的財政収支PB(プライマリーバランス<Primary Balance>)目標を撤廃することも議論されている。PB黒字化を提唱したのは小泉政権のブレーンだった竹中平蔵氏。小泉政権は2011年度黒字化を目標に掲げたが、麻生政権はリーマン・ショック後の景気回復を優先して目標を19年度に先送り。その後の民主党政権でも20年度に1年延ばされた後、安倍政権下でさらに2025年度に先送り。結局、一度も目標は達成されることなく今日に至っている。

こうした中で昨年10月、財務省事務次官が月刊誌に寄稿し、現在の与野党の主張を「バラマキ」と断じて物議を醸した。MMT派つまり「財政政策検討本部」の会合では、財務次官寄稿は間違いであり、誤った財政目標のために景気が悪い時に消費増税を行い、悪循環に陥ったと結論づけた。

故小渕首相の時代に「二兎論争」があった。財政再建と経済成長を二匹の兎に喩え、どちらの兎を追うか、両方追うか、あるいは「二兎を追う者は一兎をも獲ず」の諺(ことわざ)どおりなのか。

現在は新「二兎論争」の様相を呈している。以下、対比のために、財政健全化を追求する考え方をTMT(Traditional Monetary Theory)、伝統的金融理論と記す。

MMT派の主張のポイントは主に3点だ。

第1は、国は負債だけではなく資産も有しており、純資産(資産マイナス負債)で考えることが必要と主張する。日本の純資産はゼロ近傍(負債と資産がほぼ同額)なので問題ないと結論づけている。

第2は、日銀が国債を買い続けることができる(事実上の引き受けができる)ため、政府は日銀に紙幣を発行させれば財政は回り続けると主張する。いわゆる「統合政府論(アマルガメーション・アプローチ)」である。

第3は、財政赤字は拡大しているものの、現に何も起きていない、インフレも発生していない、だから大丈夫と主張する。

一方、TMT派は上記3点に関してそれぞれ次のように主張する。

第1に、国の資産と言っても、実際にそれを購入する人がいなければ資産としての価値も意味もない。純資産がゼロ近傍だから「大丈夫」なのではなく、ゼロ近傍だから「大丈夫ではない」という真逆の判断だ。

第2に、日銀が国債を買い続けることはできないと主張する。日銀がYCC(イールド・カーブ・コントロール)と称して長期金利を政策的に低位固定化せざるを得なくなっていることが、市場の国債消化能力が限界に達しつつあることの証左と指摘する。

日銀がYCCを止めると、国が民間金融機関に市場経由で国債を発行し、それを日銀が市場から取得するという「日銀トレード」ができなくなる。そうなれば日銀はまさしく国債を直接引き受けするしかない。その場合、投資家は国債売却、円売り、つれて日本株売りという悪循環に陥る。つまり、債券安、円安、株安のトリプル安だ。

第3に、上記第2の状況に至って急激な円安が生じると、輸入物価高を含め、制御できないインフレが発生すると主張する。

そのうえで、上記第2、第3の状況が現実化した場合、政府はその流れを止めるために財政再建策を発表しないと市場も投資家も「日本売り」を止められない。その結果、結局は伝統的な理論通りに財政再建策を発表することとなり、それはTMTが妥当であることの証左とする。これだけ真逆の主張だから、いくら議論してもMMT派とTMT派の主張の優劣について結論が出るはずがない。

日銀保有国債の一部「永久国債化」

日本銀行本店(東京・日本橋)

「結論のない議論」に終始することなく「現実的な具体策」を考えてみる。

第1に、財政状況が「悪い」よりは「良い」方が望ましいことには誰もが賛同するだろう。

第2に、だからと言って、財務次官寄稿のような内容を今すぐ実行できるはずがない。経済状況を悪くしても財政状況を改善するという対応は本末転倒だ。この論理にも多くの人が合意できると思う。

第3に、とは言え、日本は純資産がゼロ近傍だから「大丈夫」か「大丈夫ではない」かは、後者に分がある。

IMFの最新統計(財政モニター<2018年10月>掲載の2016年時点データ)では、日本の資産に占める金融資産の割合は47.1%。残り52.9%は非金融資産だ。橋や道路、山林等の非金融資産は、誰かが購入しないと資産価値はない。国民が購入するとも思えず、だからと言って諸外国(中国等)に売却する訳にもいかない。

第4に、以上を踏まえると、この局面では財政出動、積極財政を維持できる工夫をしつつ、異常な金融緩和による財政ファイナンスを是正する意思表示、市場に対するメッセージを発することが必要だ。

具体策を考えると、ポイントは以下の2点である。第1に、日銀保有国債の一部を永久国債化することで積極財政のための財源確保を図る。日銀は既に500兆円近い国債を保有しているが、これを全部償還することはできないうえ、そもそもその必要もない。日銀は一定量の国債を資産として保有し続ける必要性があり、その部分は言わば「根雪」のような存在だ。そこで、例えば上記500兆円のうち300兆円分を市場で政府が発行する永久債に入れ替えていくと、政府の元本返済負担はその分減殺される。確保した財源で、人材育成、企業支援、技術革新等に時限的、集中的に投資することで、成長と税収増の歯車を回し始めることを内外に示す。示すだけでなく、実際にやらなくてはならない。

第2に、異常な金融緩和の象徴であるETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を保有する状況を徐々に解消する。具体的には、日銀の取引先金融機関(メガバンク等)に日銀保有のETFやREITを相対取引で売却する。購入者には一定期間(例えば2年程度)の保有義務を課し、その代わりに売却価格は購入者に有利に設定する。市場への影響を回避するための配慮だ。つまり、積極財政、成長戦略、金融政策正常化(出口戦略)の3つに対する姿勢を同時に示すことにより、事態の打開を目指す。

消費者物価は「嵐の前の静けさ」

このことは、遠い先には財政健全化も念頭にあることの意思表示となり、日本の財政に対する市場の潜在的懸念に対応する。正解のない極論同士のTMTとMMT。財政再建を目指しても、それでは結局財政再建ができないという論理矛盾。一方、永久に財政拡大策を続けるには、その財源を生み出し続ける成長が必要という現実。この状況をどうハンドリングするか、岸田首相の手腕が問われる。MMTとTMTの「結論のない議論」を続けている場合ではない。

「現実的な具体策」を講じるRMT(Realistic Monetary Theory)、現実的金融理論の追求、実践こそが求められる。

コロナ禍発生以来、丸2年が経過した。経済停滞に伴って当初は物価も下落気味だったが、昨年秋以来、日米欧で物価上昇が顕著になっている。消費者物価指数前年比(総合ベース)では、日本は昨年9月に1年振りにプラスに転じ、10月もプラス。ボトムは20年12月のマイナス1.2。米国は20年5月の0.1がボトム、21年11月は6.8。ユーロ圏は20年9月から12月がマイナス0.3でボトム、21年10月は4.1だ。

企業物価はさらに顕著である。日本は20年5月にマイナス2.7、米国は4月マイナス5.2、欧州5月マイナス4.2と皆下落していたが、直近では欧州17.2(21年10月)、日本9.0、米国14.9(いずれも21年11月)と著しい上昇を示している。

「高インフレが持続するリスクは明らかに高まっている」。21年12月1日、FRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長は議会でそう発言し、22年はテーパリング(量的緩和の縮小)加速が必要との認識を示した。

主要国における物価上昇の要因は三つ。第1はコロナ禍で激減した需要が回復し、人手不足、貨物船逼迫等による物流停滞、供給不足が発生していること。第2は原油等の資源価格高騰。第3は金融緩和による過剰マネー。第2、第3の要因は連動している。物価上昇の先頭を走る米国では、企業利益率は過去最高、株価も史上最高値圏、賃金も上昇。企業はインフレによるコスト高を価格転嫁し、消費者も抵抗なく受け入れている。つまり、物価が上昇しても、賃金上昇がそれを吸収している。

賃金が上がらない日本では企業は価格転嫁に慎重だ。インフレ経済が回るには賃金上昇が必要であり、それが首相による3%賃上げ要請につながっている。

日本は1970年代にオイルショックを経験した。しかし、当時は円高基調にあったため、原油関連以外の全てが値上がりしたわけではない。ところが今は円安基調。今年、インフレと円安の傾向が顕著になると、日本経済にはダブルショックだ。賃金が停滞する中でインフレ、円安が進むと、スタグフレーション的状況になる。

12月2日に行われたOPEC(石油輸出国機構)会合では、需要増に見合った増産を見送り、原油高に拍車をかけた。米国は石油備蓄放出を各国に呼びかけ、日本も協調姿勢を示したが、原油市場の規模は大きく、石油備蓄放出程度では価格に与える影響は軽微だ。日銀が発表する企業物価指数の素原材料を見ると、前年同月比で63%も上昇。企業物価は既に激しいインフレ状態と言っても過言ではない。

消費者物価は今なお前年比同月比わずかなプラス水準にとどまっているが、「嵐の前の静けさ」のように感じる。「嵐」とは、賃金が上がらない日本を待つ「最悪の事態」である。賃金低迷、物価上昇、円安、そして原油高。四重苦だ。これを回避するには、賃金上昇と経済成長以外に打開策はない。

構造的デフレと「日本売り」の恐怖

根拠のない楽観論に引きこもりがちな日本社会。「想定外」という言い訳が様々な困難の原因であることは周知のとおりだ。あえて「最悪の事態」を想定しておく。

世界的に著しいインフレになり、長期金利が急騰。日銀による人為的な長期金利低位安定策が効果を失い、日本国債は暴落――。

国債を大量保有する日銀に多額の評価損が発生し、日本は債務超過に陥り、円は紙屑同然に下落。国家経済は事実上破綻する。

賃金低迷、物価上昇、円安、原油高、金利高の五重苦となれば、当然株価も下落する。六重苦だ。

円安傾向の背景に潜む構造変化も気になる。円の「本当の実力」を示す実質実効為替レートが50年ぶりの円安水準になっている。総じて言えば、1995年をピークに以後約25年間円安が進んでいる。「日本売り」の恐怖を感じる。1990年代は日本がアジアで唯一の先進国というポジションにまだ酔っていた時代だ。米英独仏に比べて日本の賃金の方が高いとも言われたが、それはドルベースで比較した円高効果であり、過大評価されていた。

1995年以降、英米独仏のみならず、その他欧州諸国や英連邦諸国、さらには中韓台も経済成長に伴って賃金が上がり、日本の賃金水準の相対的低さが際立ってきた。日本経済は改革が進まず、賃金の低さは消費の低迷、構造的なデフレ圧力となった。

日本のデフレが始まったのは1998年からだ。デフレの原因は単純ではないが、上記の構造も影響したことは間違いない。賃金が上がらないから、物価も上がらない。

では物価が上がれば賃金が上がるのか。そうならなければスタグフレーション的状況が現実的になる。今年も円安が進めば、輸入インフレと日本の賃金のドルベースでの世界的劣後は一層顕著になり、「貧しい国」という印象が強くなる。賃金を上げ、消費力を高め、教育や技術革新にリソースを投入する「現実的な具体策」が問われている。

【「三耕探究」とは?】「学有り、論優れども、心貧すれば、任に能わず」という考えから、「耕学」「耕論」「耕心」すなわち「三耕」の「探究」の重要性を示す筆者の造語。

著者プロフィール
大塚耕平

大塚耕平(おおつかこうへい)

参議院議員

日本銀行を経て参議院議員。早稲田大学客員教授(早大博士)、藤田医科大学客員教授を兼務。仏教研究家、歴史研究家としても活動中。

   

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