号外速報(2月3日 12:00)
2025年2月号 BUSINESS [号外速報]
東京・大手町の農林中央金庫本店
農林中金の巨額損失問題については、昨年8月号・9月号で論じてきたが、1月28日に農水省の「農林中金の投融資・資金運用に関する有識者検証会」(川村雄介座長=グローカル政策研究所代表理事)の報告書が出された。
問題をすり替え、無責任な農林中金理事長と経営管理委員を擁護する呆れた代物であり、これほど酷い官庁の報告書は珍しい。
東京・霞が関の農林水産省(写真/宮嶋巌)
報告書の結論は、
▽農林中金の理事の構成に問題があり、特に専門性の高い外部の見識を導入するため、農林中金法の理事の兼職禁止規定を廃止する
▽農林中金・農協の農業融資が少ないことに問題があり、それを拡大するため、国の支援措置を強化する
というものである。
要するに、巨額損失の原因は、農林中金法の理事の兼職禁止規定と農協の農業融資に対する国の支援不足だと言っているのである。
農林中金の巨額損失の原因は、農林中金が、
▽農協を通じて、運用できもしない巨額の預金を集めていること
▽その農協(金融と他事業を兼営)から、経済事業(農産物の販売など)の恒常的な赤字を補てんするために高い利益還元を要求され、これを拒否できないでいること
▽その結果として、海外で無理な資金運用を行っていることにある。
しかも、リーマン・ショックのときも今回も、農林中金の自己資本比率を回復させるために、農林中金は農協に資本増強への協力をしてもらっており、この結果、農協から農林中金への利益還元要求は一層高まることになるのである。
そして、その資本増強策として、農協の農林中金に対する預け金を資本(劣後ローン)に振り替えるという、他の金融機関ではあり得ない措置が、なぜか金融庁から認められている。打ち出の小槌のような資本増強策が認められているから、農林中金は失敗を繰り返すのである。
報告書は、こうした構造的な問題に全く触れずに、農林中金の運用の失敗の原因を、理事の構成や理事の兼職禁止規定の問題にすり替えている。
そして、農林中金の役員体制を銀行と比較し、銀行には社外取締役がいるのに、農林中金では社外理事が禁止されていることを問題にしている。しかし、この比較の仕方そのものが間違っている。
農林中金の役員体制は、かつては、理事会一本の体制で、農林中金の職員上がりの金融実務家のほかに、多数の農協の組織代表が入っていた。金融の知見などなく農協への利益還元を求める農協の組合長たちが主導する理事会が、まともに機能するはずはない。ろくに審査もせずに住専に巨額の融資を行った結果、1996年の住専の破綻処理に際して、住専の母体行と責任の押しつけ合いになり、最終的に6850億円もの国費を投入することになったという歴史もある。
その反省を踏まえて、理事会一本の役員体制から、銀行の取締役会に相当する「経営管理委員会」と、執行役員に相当する「理事会」の2本立ての制度に移行したのである。
経営管理委員会は、理事を選任し、経営の基本方針等を決め、理事会は、それを踏まえて金融専門家集団として適切に金融業務を執行していくということであるが、農協の組織代表が金融実務を担う理事になれないように、理事は兼職禁止としている。
つまり、銀行の取締役と比較すべきは、農林中金の経営管理委員会であり、経営管理委員は兼職も認められている。現に、経営管理委員会には、農協中央会会長をはじめとする多数の農協の組織代表のほか、部外者として、農水次官OB・金融庁長官OB・伊藤忠社長OBなども入っている。
報告書は、こういう経緯を勉強もせずに、理事の兼職禁止規定を廃止しろと言っているのである。兼職を解禁すれば、多数の農協の組織代表が理事会メンバーとなって金融実務に口を出し、農協への利益還元のための乱脈経営に陥るかもしれない。
農林中金の山野徹経営管理委員会会長と奥和登理事長(右)(農林中金HPより)
金融実務を担う理事に部外者を入れて意味があるとすれば、国内に農林中金のような海外で巨額の資金運用を行っているところはないので、米国の機関投資家の関係者くらいしかないが、「農協改革は米国の陰謀」などと主張する農協関係者がこれを認めるとも思えない。
巨額損失の原因が理事の人的構成にあるとするなら、そのような人事案を作った奥和登理事長や、それを正式に議決した山野徹会長以下19名の経営管理委員に責任があるはずである。しかも、巨額損失発覚後に、経営管理委員会は奥理事長の再任を決定しているのである。
再発防止の第一歩は、理事長・経営管理委員が責任をとって辞任することであるが、報告書は、問題をすり替えることで、理事長や経営管理委員を延命させようとしている。
報告書が、農林中金を銀行並みの体制にしようとするのであれば、些末な見直しをするのでなく、農林中金を銀行法に基づく銀行に転換させることを提起すべきである。
こうすれば、農林中金は金融庁専管となり、銀行と全く同じルールの下で監督されることになる。増資が必要になったときに、預金を資本に切り替えることも認められなくなり、農林中金は緊張感をもって資金運用を行うことになるはずである。
また、報告書は、農林中金が海外で資金運用している理由を農業融資が少ないことに求め、農協・農林中金の農業融資を促進することが必要としている。
そもそも、農林中金の運用資金100兆円の中で、農業融資は0・06兆円にすぎず、桁が3つも違う。農業融資が少し増えても何の解決にもならないのであり、馬鹿げた問題のすり替えである。
しかも、農業融資を必要としているのは、高齢の兼業農家ではなく、地域農業のリーダーである農業法人や大規模家族経営であるが、農協は彼らに背を向けており、これが農協の農業融資が拡大しない原因である。
農協の農産物販売が旧態依然であるため、農業法人等からすると、農協に出荷してもメリットがないので、自分で直接販売しているが、こういう農業法人が農協に融資を申し込むと、農協は「農協に農産物を出荷しないなら融資しない」と言って圧力をかける。これは独占禁止法違反の不公正な取引方法である。
農林中金が農業法人等に融資をしようとしても、事前に農林中金が地域の農協に話をするとストップがかかるのも日常茶飯事である。そして、仮に農協から借りられたとしても、割高な機械施設の購入を義務付けられる。だから、農業法人等は、農業経営の実態を踏まえて公正に融資をしてくれる政策金融公庫に向かうことになるのである。
要するに、農協の農業融資が進まないのは、農協自身に原因があり、ここに手を付けずに、農協融資が拡大することはない。これまでも、農協の農業融資に国が財政支援してきたが、何の効果もなかったのである。
不勉強・不見識な報告書を真に受けたお人よし? 江藤拓農林水産大臣(同省の大臣会見動画より)
再発防止のために、国がやるべきことは、理事の兼職禁止規定の廃止や農業融資の支援ではない。農林中金の無理な資金運用の原因となっている農協の利益還元圧力を小さくするため、経済事業の改革を進めることである。経済事業が、農業者にメリットがあり、農協としても黒字の事業になれば、農協から農林中金への利益還元圧力は小さくなる。
そして、農林中金には、農協に対して、過大な利益還元はできないことを毅然と説明させなければならない。その契機として、農林中金の奥理事長、山野会長ら経営管理委員の辞任は必須である。
馬鹿げた有識者会議を設置し、問題をすり替える不勉強・不見識な報告書を主導した農水省の杉中淳経営局長の責任も重大である。農水省に農協金融を所管させてはならないことは明白だ。