子供たちの腸の健康に「畑仕事」
2020年8月号
LIFE [病める世相の心療内科㊸]
by 遠山高史(精神科医)
絵/浅野照子(詩画家)
おびただしく増えている耕作放棄地を借り受け、野菜作りを始めた。5反ほどでかなりの野菜が採れるが、売って儲けようというわけではない。精神的な問題を抱えている子供たちや若者を対象に、畑を耕しながら自然と触れ合うセミナーなどを開こうかと思ったからである。
最近の子供たちに自然の匂いが乏しく、とみに自然が遠くなっている印象がぬぐえない。あまり家の外で遊ばず、宿題の多い学校以外にも塾や習い事に通い忙しいし、そのような流れに乗れない勉強の苦手な子は家のなかで大抵ゲームに浸る。
そもそも耕作放棄地が増えているのは、若者が農業に従事せず、彼らの子供をそういう生業から遠ざけて育てているということである。これとアレルギー疾患の増加は無関係ではないと私は考えている。生まれたときから馬や牛と触れ合いながら、農耕にいそしむ集団でのアレルギー疾患の発生率が少ないことはよく知られている。しかし、アレルギー疾患が急増している今日、この事実はあまり重要視されていないようだ。
アレルギー疾患はストレス障害とも関係がある。ホテルの賄いをしている女性が、眠れなくなったとやってくる。子供の団体宿泊の時に、食物アレルギーのある子に普通食を出してしまい、親から厳重な抗議が来た。子供に異常はなかったが、上司からも叱られたという。中高年の団体の引き受けは気楽でいい。何を出してもよく食べてくれるが、子供の団体客はそうはいかない。まず食物アレルギーの調査をして、それに従って特別メニューを用意する。それが1人2人ならいいが、時に宿泊児童の3分の1にも及ぶという。これは異常事態ではないか。
食物アレルギーは腸の壁の透過性が増して、十分消化されていない食物のかけらが血管内に入り込むことで起こるとされている。子供たちの腸が弱くなっているのである。そもそも腸は免疫細胞のほとんどを生産しているから、腸の機能異常は食物アレルギーに限らずアトピーや喘息など免疫系のトラブルを生じさせやすい。
免疫疾患が増えている原因の一つに、子供たちの自然との触れ合いが減少し、本来土壌菌が大勢を占めている腸内細菌叢に変化が生じ、正しく腸が機能できなくなったからだと東京医科歯科大名誉教授藤田紘一郎先生は仰っている。私も日常の経験からそう思え、さらに精神的な問題の原因の一つともなっていると考えるのである。
蕁麻疹が治らず、皮膚科から心療内科に行くように勧められた若い保育士が訪ねてくる。彼女は20代にもかかわらず疲れやすく仕事に行くのがつらいと訴える。ストレス耐性が低く、うつ状態となっているが、この場合は些細なストレスでも蕁麻疹を起こす。診察の際、話が仕事に及ぶと、みるみる皮膚に赤い発疹が出現した。
彼女は小さいころから便秘に悩み最近は下痢も多いという。虫が怖くて土いじりをしたことがないともいう。彼女の精神的なトラブルは、自然との触れ合いの少なさがもたらした腸の不調と関係している可能性がある。ときどき畑に出て野菜を収穫する。雉の声を聴き、頭にアマガエルを載せ、ミミズのたくさんいる土を掘り起こす。そして土壌菌をたくさん含んだ風を吸い込むと、臍の下拳一つの丹田に気が張ってくる。そこは、腸に緻密に張り巡らされている自律神経の中枢でもある。