さいたま市のある小学校PTAが市協議会を退会した。「上納」も問題視している。
2020年8月号
LIFE
by 松浦新(朝日新聞記者)
大宮区役所4階に「さいたま市PTA協議会」が借りている事務所
新型コロナウイルス対策で休校が続いた学校の「新学年」が2カ月遅れで始まった。同時に、役員決めなどで保護者を悩ませる「PTA活動」が動き出したが、さいたま市のある小学校PTAの動きが、全国の学校関係者に波紋を広げている。
さいたま市南区の同市立浦和別所小学校PTA(澤口博会長)は5月、書面で開いた総会で保護者と教職員874人が投票し、会長委任を含めた91%の賛成で、同市PTA協議会(岡野育広会長、市P協)からの退会を決議した。退会の理由は「負担の重さ」だ。
それは、保護者と教員から1人あたり50円を集める「負担金」だけではない。市P協には事務局費などの一般会計に加えて、「保険口座」の会計がある。集めた保険料は2019年度決算で1億1千万円を超えた。市P協が運営するのは「児童・生徒ワイド補償制度」という、子どもを対象にした事故やけがなどの補償をする保険の一種だ。
保護者が払う「保険料」には、保険の運営費用として「制度維持費」が含まれ、市P協保険口座の19年度決算によると、約313万円が集まった。これは、19年度に1契約100円から200円に倍増した。加えて、保険会社は「事務手数料」として約600万円を市P協に払った。市P協が集めた保険料は15年度の約8千万円から4割以上増えたが、事務手数料も約437万円から4割近く増えた。保険会社は「団体保険の窓口に集金事務費として保険料の5%を支払うのは一般的」と説明する。さらに、保険会社は年間100万円を「広告費」として市P協に払っている。
別所小PTAの澤口会長によれば、市P協は小学校の入学説明会や健康診断の際にDVDを見せるなど、保険について保護者向けの説明会を開くよう求めてくる。この保険は、原則として自動更新される。小学校入学時に加入すれば、保険会社は長期間の加入が期待できる。澤口会長は「保険はPTAの本来の目的とは関係ないし、特定の保険会社の商品を扱う理由もわからない。事務局員の給料、通勤手当、備品費、消耗品費などの4割を保険口座から出すが、実際に保険のために何をしているのかがわからない。PTAをビジネスに利用するべきではない」と批判する。
市P協はこうして集めた資金から、公益社団法人日本PTA全国協議会(佐藤秀行会長、日P)や、関東ブロック、政令指定都市などの「上部団体」に対する負担金(会費)を年約112万円支払った。さらに、日Pや各ブロック単位で開かれる「研究大会」などに参加する。全国大会は1人5千円の「参加費」のほか、交通費、宿泊代まで、市P協が負担する。研究大会参加費は例年100万円から200万円だが、18年度は約428万円にのぼった。
日Pの創立70周年にあたる18年の全国研究大会は8月下旬の2日間に新潟県で、関東ブロック研究大会と同時開催された。そのパンフレットには「全国から集う8千名の皆様と共に・・・」と書かれ、動員力の大きさを物語る。全体会が開かれる長岡市の2会場に加え、海を隔てた佐渡島を含めた県内各地の10会場を使う大イベントだった。
日Pは都道府県の持ち回りで開かれる全国研究大会を「全国各地のPTAの活動や成果を発表し、研究協議する」として、「公益目的事業」に位置づける。18年度は参加費である「全国大会収益」が約3784万円、広告料で約460万円、協賛金の520万円も入った。さらに、開催地の自治体などからの補助金・助成金も約900万円出た。日Pの18年度決算によると、全国からの会費が約8100万円、研究大会などの事業収益が約9300万円あった。
市P協は、全国大会だけでなく、セミナーや研修会、講習会を開き、会員に出席を求める。福島県南会津町には、さいたま市内の小中学生の林間学校などが行われる舘岩少年自然の家があるが、PTA関係者40~50人で視察研修に行く。周辺の雑草取りなどもするが、キャンプファイヤーやイワナつかみなども経験する。政令指定都市のさいたま市には区単位のPTA連合会もあり、PTA会長は自校の会議を含め、あちこちの会議に顔を出すことになる。懇親会のような会合も多い。PTAの親善スポーツ大会で、学校対抗の試合をする区もある。
教育委員会や自治体もPTAに会議への出席を依頼する。07年度に埼玉県戸田市の中学校でPTA会長をした板垣友子さんは「保護者も参加したという実績作りのためか、様々な会議や講演会に各校何人という形で出席の要請がある。予算消化のためのようなものもあり、PTA会長会でやめるよう求めたが聞いてくれなかった」と話す。PTAによる夜回りも、「比較的早い時間にしか回ることができず、意味がないと思いながらやっていた」とふり返る。
「教育振興費」という学校の備品などを買うための負担をするPTAもある。別所小PTAの場合、児童1人あたり年間1100円の負担で、合計約110万円を集めていた。そこから、家庭学習用のリーフレット代、式典で使う紅白幕、バスケット大会やサッカー大会で児童を送迎するバス代など、公的に支出してもよさそうな負担をしている。学校の「第二予算」として活用する前提になっているようだ。PTAは親と教師の会なので、同小は今年度、児童数に関係なく1家庭1100円にしてPTA会費に一本化した。
澤口会長は「以前は学校に任せていたが、公私を区別するためPTAで管理することにした。今後もPTAとしてふさわしい支出かどうかを吟味して、余るようなら減らす」と話す。
澤口会長はこうした状況を変えようと、今年3月、同市南区のPTA連合会の会長選挙に立候補した。3人が争った選挙で、動員を一切しないことを一番の公約に掲げ、区連として市P協を退会することも提案して、当選した。そのうえで、6月に同P連の「総会」を開き、同区内の小中学校21校のPTA会長と代議員2人の計63人のうち、34人の賛成で澤口氏を会長とする役員案など5議案を可決した。欠席の29人は棄権の扱いとなった。市P協はこの総会を正式な手続きを経ていないと認めず、7月22日に正式の総会を開くとしている。また、市P協を退会した別所小PTAは、市P協内の組織である南区P連の会員でもないとホームページに載せた。両者の溝は深く、南区P連の動向に全国のPTA関係者が注目している。