地方紙+共同「編集協力」の行方/ジャーナリスト・井坂公明

地方紙が現地取材を肩代わりし共同が全国に配信。分担金抑制と地方の人員削減がそれぞれの至上命題。

2023年7月号 LIFE [生き残りアライアンス]
by メディア激動研究所所長・井坂公明と本誌取材班

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共同通信本社

平日の夜間や日曜祝日に地方で起きた事件・事故の第一報を共同通信に代わって地元紙が提供する、共同通信と地方紙の「加盟社編集協力」の試行が進んでいる。2022年8月に秋田魁新報との間でスタートして以降、山陽新聞などが加わって現在は計8紙が参加、同年10月には山形新聞が出稿した交通事故の記事が第1号として共同通信から配信され他の地方紙に掲載された。新聞販売部数が減少し続ける中で、収入が減っていく共同通信の経営・取材力の維持と加盟社の社費(分担金)の抑制を目的に、加盟社側から浮上した苦肉の生き残り策だ。新聞の衰退が深刻化する状況下で、「共同通信プラス地方紙」という一つの塊が今後も存在感を保てるかどうかの試金石となりそうだ。

共同通信は新聞などのメディアに内外のニュースを配信する日本の代表的な通信社だ。長期的な部数低落にさらされている新聞業界の中で、地方紙も全国紙ほどではないが危機感を強めている。共同通信に加盟している地方紙としては、支払う社費をできるだけ減らしたいが、他方で世界や全国のニュースを提供する共同通信が弱体化するのは困る。共同通信としては、部数減に伴って社費が減り続ける中、地方を中心に人員削減に手を付けざるを得ない。そこで共同通信の地方支局の記者を減らし、代わって地元紙が地方のニュースを提供していこうというのが「編集協力」の基本的な発想だ。この考え方の行き着く先は「共同通信の地方ニュース取材からの撤退」との見方もあるが、現段階ではそこまでは見通していないようだ。

秋田魁、山陽など8紙が参加

共同通信、地方紙の関係者によると、22年8月22日から秋田魁新報との「編集協力」の試行がスタートしたのを皮切りに、山陽新聞(同9月1日から)、山形新聞(同10月3日から)、高知新聞(同11月1日から)、愛媛新聞(同12月1日から)、西日本新聞=北九州エリア限定=と中日新聞=三重県限定=(いずれも23年5月8日から)、南日本新聞(同6月1日から)と既に8紙が参加している。試行期間は愛媛新聞までの先行5紙は当初23年3月末までだったのを6月末まで延長しており、近く再延長するのか、試行を終えて本格実施を念頭に総括的な検証に入るのか、あるいは「編集協力」をやめるのかの判断を迫られる。

「編集協力」の内容は「事件・事故」と「行政・経済」の2パターンに分かれる。重点が置かれているのは事件・事故の方だ。細目は加盟社との個別協定で異なっている点もあるが、例えば山陽新聞の場合は平日・土曜は午後8時から午前0時まで、日曜・祝日は午前9時から午前0時までが対象時間となる。この間に岡山県内で起きた、複数人または県外の人が死亡したなどの基準を満たす事件・事故の第一報を山陽新聞が制作し、共同通信が手直しをして、他の加盟紙に配信する仕組みだ。対象時間後の未明に発生した事件・事故は、翌朝、山陽新聞のデスクが出社次第、記事を共同通信に提供する。

また行政・経済の方は、平日の午前9時から午後6時の間に山陽新聞が覚知した事案が対象。事件・事故も含め第一報の著作権は山陽新聞に帰属し、配信記事の末尾には「(山陽新聞)」のクレジットを付ける。写真も同様に「(山陽新聞提供)」として配信する。第一報の差し替えが必要な場合は原則として共同通信が行う。共同通信が差し替えた場合はクレジットを削除し、著作権も共同通信に移る。

他の加盟社が第一報を使う場合、クレジットを紙面に掲載するかどうかは原則として各社の判断に委ねられるが、例えば山形新聞との協定では、同紙の競合紙(河北新報、毎日、日経、産経の各全国紙)は掲載地域を問わず必ずクレジットを付けなければならないと定められている。

「自社原稿より時間取られる」

20年6月に1600人の正職員を300人規模で減らす構造改革策を打ち出した共同通信からすれば、「編集協力」は地方の人員を削減しやすくなるというメリットがある。他方で、「編集協力」の時間帯でも事案によっては共同通信の支局も取材・送稿することになっているため地方紙と取材、送稿がダブる恐れもある。また、共同通信労組からは地方紙と調整を行う窓口である支社デスクら現場の負担増を懸念する声も上がっている。

22年10月9日の日曜日、同年8月に試行が始まって以来第1号の事件・事故の記事が山形新聞から提供され、「バイク転倒で新潟男性死亡 山形県のトンネル」との見出しで午後7時ごろ共同通信から配信された。共同通信関係者によると、午前10時45分、共同通信山形支局に県警から「バイクの単独事故で男性1名が意識不明」との発表が届いた。同11時半ごろ支局の記者が鶴岡署に電話取材して「男性は県外の人の可能性が高い」ことを確認。身元が判明した時点で、出稿するかどうかを仙台支社編集部デスクに相談しようと判断した。

一方、昼ごろに山形新聞から共同通信仙台支社編集部デスクに「バイク事故で運転手が意識不明の重体。バイクは新潟ナンバー」との声掛けがあった。山形支局からはまだ原稿が来ていなかったため、デスクは山形新聞に出稿を依頼した。この時点で山形支局はまだ「新潟ナンバー」との情報は確認できていなかったが、山形新聞は現場展開したため把握できていたという。

午後4時50分ごろ、山形新聞から「死亡事故となり、身元が判明したので記事を出します」との連絡が入り、同5時35分ごろ24行の原稿が届いた。デスクはマニュアルに従って「110番通報」を「110番」と修正するなど共同通信の表記に手直し。見出しも「鶴岡市油井 オートバイ転倒 男性死亡」だったものを変更した。山形新聞に変更点などを説明し、修正後の原稿もFAX送信した上で、午後6時15分ごろ東京の本社に原稿を送信。細かい部分のやり取りを経て同7時1分に23行の記事を配信し、その後山形新聞からの提供写真も配信した。

記事を担当した仙台編集部デスクは「支局、加盟社、(支社の)編集部長、本社のデスクとそれぞれ複数回やり取りすることになる。写真があれば処理作業も必要になる。自社原稿の処理よりかなり時間を取られる」と負担増を指摘。「編集協力」に対応している間は自社原稿など他の業務を後回しにせざるを得ないとの認識も示した。一方、山形支局で第1号を見届けた記者は「何度も確認の電話が来たため、アポを取っていた取材の時間を変更した方が良いかなと心配したが、大丈夫だった。『山形新聞が出す』と連絡があり、出稿作業がバッティングすることもなく不都合は感じなかった」と感想を語った。

記事は翌10日付の新潟日報(写真なし)と上毛新聞(写真付き)に掲載された。いずれも記事に「(山形新聞)」のクレジットはなかった。上毛新聞の写真には「(山形新聞提供)」のクレジットが入っていた。

「編集協力」について共同労組は2月上旬までに、全組合員を対象にしたアンケートを行っている。試行が機能していると思うかとの質問には「分からない」が71.2%で最も多く、「機能していない」が15.9%、「機能した例も一部ある」は12.6%、「よく機能している」は0.3%だった。試行で提供された記事は3月1日現在で30本、うち事件・事故ものは8本にとどまった。アンケートの時点では本数がさらに少なく、このことが判断を難しくした面があるようだ。

また「将来的な経営悪化による人員減の可能性を考えると進めるべき」などと、「編集協力」を受け入れるべきだとの意見も少なくなかった。他方、「支社局の人員削減につながるので反対」などの明確な反対意見や、「(地方紙の記事提供により、共同通信の)若手が修業する場がなくなり、取材力の低下につながる」との記者教育上の懸念も出た。

「編集協力」には、販売地域が重複するブロック紙と県紙、大都市部を抱える県紙と加盟全国紙(毎日、日経、産経の3紙)との利害調整といった課題もある。例えば長野県の南信地域(伊那市や飯田市など)では、県紙の信濃毎日新聞とブロック紙の中日新聞が競合している。「編集協力」で手の内を見せたくないこともあって、信濃毎日新聞は現段階では様子見の姿勢だ。また、京都市や神戸市を抱える京都新聞、神戸新聞も、クレジットなしの自社記事が競合する毎日新聞や産経新聞に掲載されることには同意できないようだ。

ゆっくりとだが、進んでいく

共同通信の年間予算約400億円のうち、約300億円が56の加盟社からの社費収入で占められている。56社には全国紙3紙やNHKも入っているが、共同通信を主に支えているのは地方紙だ。共同通信と地方紙の関係者によると「編集協力」は地方紙の社長クラスから出されたプラン。加盟社の代表4人と共同通信の役員3人から成る「財政展望検討委員会」が構造改革の指針「共同通信の財政展望」を理事会に提出した20年6月以降、共同通信と地方紙の幹部が具体化に向けた協議を重ねてきた産物でもある。何より共同通信の人員削減と地方紙の社費抑制はそれぞれにとって至上命題だ。

そうした事情を念頭に、試行に加わらず様子見の姿勢を崩していない地方紙の関係者も「進み方は遅いし、共同の人員削減もそれほど大きくはならないだろうが、編集協力は進んでいく」との見方を示す。新聞業界全体が沈んでいくときに、些細なことで足を引っ張りあって体力を消耗している場合ではない、との基本認識が根底にある。

他の地方紙関係者も「いずれはジャンルを限定した共同取材態勢など、(共同通信と地方紙は)より一体化に向かうのではないか」と予想する。ただ、全国紙が地方から完全に撤退するようなことがない限り、共同通信が地方支局を廃止する事態にはならないだろうとの見方が大勢だ。

新聞業界を見ると、ここ数年朝日新聞の凋落により、全国紙レベルではリベラル勢力の退潮ぶりが際立っている。リベラルな「朝日、毎日」と保守的な「読売、産経、日経」のバランスが崩れてきているのだ。国民の「右傾化」がその背景にあるとの指摘もある。そうした中で全体として見れば比較的リベラルの色彩が強い「共同通信プラス地方紙」が今後も健在ぶりを示せるかどうかは、リベラル対保守のせめぎ合いにも影響を与えそうだ。

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メディア激動研究所所長・井坂公明と本誌取材班

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