「♯AV新法の廃止を望みます」運動の狂騒/面倒恐れる立憲民主党は臭いものに蓋/党執行部は責任逃れ

号外真相(8月14日 16:20)

2022年9月号 LIFE [号外速報]

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AV出演強要問題に関して内閣府に緊急要請した立憲民主党(4月1日、党HPより)

8月4日、東京・新橋駅前。6月23日に施行されたばかりの「AV(アダルトビデオ)出演被害防止・救済法」(以下、AV新法)の見直しを求める署名活動が行われた。

AV女優たちと並んで街頭に立ったのは、AV新法の施行前日に公示された参院選で立憲民主党の比例代表候補者だった元東京都議。選挙戦では女優やAVプロダクション関係者らを動員して「当事者の意見が反映されていない」などと訴え、新法を批判する論陣を張った人物である。

だが、そもそも新法は立民と自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党、共産党の6党合意に基づく議員立法で、ほぼ全会一致(反対は参院のNHK党のみ)で成立している。落選後もこうして党の看板で新法への攻撃を続ける元都議は、立民にとっていわば獅子身中の虫だが、AVや性風俗業界を中心に「うるさ型」の支援者が付いているため、面倒を恐れて臭いものに蓋をしてしまっている状況なのだ。

立民は参院選で、この元都議とセックスワーカー支援活動家の2人を、党を上げて成立を目指している最中の法案を公然と非難していたにもかかわらず擁立。立法作業に携わっていた衆院議員・山井和則、参院議員・塩村あやからが強い懸念を示したものの、党勢が低迷する中、新たな支持層の開拓を期待した党執行部が押し切った。とりわけセックスワーカー支援活動家(女性)については、公認決定が公示直前だったため、「参院選候補の半数を女性に」との目標を達成するための数合わせではないかとも囁かれた。

結果は揃って惨敗だったが、立民は8月10日に公表した参院選の総括で、主にこの2人を念頭に「テーマ型比例候補の擁立は、肯定的に評価したい。大きな得票ではなくとも、党の得票拡大に貢献した」と自画自賛。党内では「執行部の責任逃れだ。むしろ失った票の方が多いのでは…」とあきれる声が出ている。

6団体連名で「本番AV」禁止要望

まず、新法制定までの経過を振り返っておきたい。

4月の改正民法施行で、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられた。新たに成人になった18、19歳は、保護者の同意なく結んだAV出演契約について「未成年者取消権」を行使できなくなったことから、出演被害者の支援団体などが懸念。与野党に対応を促した。

「高校生AV女優が解禁される」とのショッキングな指摘が自民の道徳保守派にも響いたのか、与野党協議は思いのほかスムーズに進む。4月末に固まった新法の骨子案は、18、19歳に限った取消権の復活にとどまらず、年齢にかかわらず契約解除できる期間を定めるという、かなり踏み込んだ内容になった。自身の性行為を不特定多数の人に見せるAVは、心身の健康や私生活の平穏に対する影響が極めて大きいため、本当に公表しても構わないのか熟慮する期間をあらゆる出演者に付与することにしたのだ。

AV業界は「来るべきものが来たか」と身構えたが、世論の風向きを見定めていたのだろう、この時点ではまだ表立った動きは控えていた。むしろ強く反発したのは、AVの存在自体を性暴力・性搾取と糾弾してきた一部のフェミニストたちだった。

槍玉に上がったのは、骨子案がAVの撮影対象を「性行為を行う人の姿態」と定義していた点である。規制の網をむやみに広げないよう、あらかじめ「AV」に該当するものを絞り込んでおく立法技術なのだが、条文にそう書くことによって、性行為(いわゆる「本番」)の撮影がデファクトスタンダードになっているAVの実態に法律がお墨付きを与えることになる、売春防止法と矛盾する、と突いてきたのだ。

5月9日、性的搾取の問題に取り組むNPO「ぱっぷす」や、AV出演被害の調査に当たってきた国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」など6団体が連名で、「本番AV」自体の禁止を要望。これを受けて、撮影対象の定義は「性行為に係る人の姿態」(下線筆者)と改められた。あくまで出演被害の防止・救済が目的であって、既存の法令で禁止されている性行為を行うことができるものではない旨も明記された。

ほぼ全会一致で奇跡的なスピード制定

6団体のメンバーらは、この修正を是として早期成立を求めるグループと、あくまでも本番AV禁止を譲らないグループに分かれる。後者は「AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクション」と銘打った運動を展開し、5月22日には新宿駅東口前で大規模な集会を開いた(立民からも落選中の元衆院議員・井戸正枝が参加している)。

とはいえ、現に合法的なビジネスとして存在しているAVを直ちに禁止するのは憲法上も困難で、「法律制定が遅れるほど新たな被害者が生まれる」との現実論の方が優勢に。新法は通常国会最終日の6月15日に成立、23日に施行された。ポイントは以下の通り。

・年齢や性別によらず、1年以内(施行後2年間は2年以内)は出演契約を解除できる。

・契約から1カ月は撮影に入れない。撮影から公開までは4カ月の期間を置く。

・虚偽の説明などによって契約した法人や個人に懲役刑・罰金刑を科す。

規制の内容は施行後2年以内に見直す、との附則も付いた。国会審議では、本番AVの扱いを巡り、法案提出者として答弁した自民の元法相・山下貴司が「有償で性交を実際に行う(契約の)有効性についても(見直しの)検討事項に含まれる」と明言。立民の森山浩行も「(本番AV禁止の法案の検討は)何ら妨げるものではない」と述べた。

「ヒューマンライツ・ナウ」副理事長の弁護士・伊藤和子は、「長い間、1回でも出演被害に遭ってしまうと動画は半永久的に公開され、被害者にはプライバシーのコントロールが全くできなかった。新法は被害者の尊厳回復に有効な手立てとなる」と新法を高く評価。AV業界の特殊性から、長年こうした立法は難しいと考えられていただけに、政府内でも「奇跡だ」との声が上がった。

こうして新法が施行されると、本番AV自体を禁止せよという角度からの反対論は下火になった。

AV女優らが見直し求める署名活動

ところが施行と前後して、冒頭で紹介したような運動が、一部のAV女優やプロダクション関係者らの間でじわじわと広がり始める。ツイッターではハッシュタグ「♯AV新法の廃止を望みます」が登場。Netflixドラマ『全裸監督』でその半生が話題になったAV監督・村西とおるも援護射撃している。女優らは新法の廃止や改正を求めるオンライン署名にも乗り出した。

AV新法の廃止・改正を求めるオンライン署名(Change.org より)

彼ら/彼女らの主張は概ね以下の3点に集約できる。

1. 立法過程のヒアリングで、制作関係者や出演者ら当事者の声を聞いていない。

2. 業界を監督する任意団体「AV人権倫理機構」(弁護士らで構成)が定めた「適正AV」ルールで自主規制しており、既に出演被害はほとんどない。新法が契約解除を広く認めたのは過剰な規制で、違憲の疑いがある。AV業界で働く人たちへの偏見・差別に基づく立法だ。

3. 過剰な規制により「適正AV」に出演できなくなった人が、違法なAVに流れる恐れがある。

①の指摘だが、新法の「当事者」は出演被害者である。各党は法案作成に当たって出演被害者の支援団体やAV人権倫理機構から聞き取りをしており、「当事者の声を聞いていない」というのは事実に反する。

②については、出演被害はないと言い切れるほど業界全体が健全なら、そこまで契約解除のリスクを心配するのは解せない。確かにそのリスクはゼロではないだろうが、出演被害の防止・救済を最優先に考えれば過度な負担とまでは言えまい。現実には、支援団体に寄せられる被害相談はなくなっていない。前出の「ぱっぷす」は8月10日、「契約書もなく出演させられた」との相談を受けて動画販売サイトの運営者に新法の条項(契約書のない出演契約は無効)を伝えたところ販売停止になった――という直近の事例を公表している。「ヒューマンライツ・ナウ」の伊藤は、「『適正AV』というスキームがあるから出演被害はないという主張は、法律があるから違法行為は起きないと言っているようなもの。現に被害に遭っている人の存在が目に入っていないのではないか」と批判する。

彼ら/彼女らは、初めて出演する人と出演実績のあるベテランに同じ規制を課すのはおかしいとも訴える。しかし、複数のAVに出演した人が被害を申し出ている事例はあり、ベテランだから出演被害の恐れはないという理屈は成り立たない。

③に至っては、語るに落ちたと言わざるを得ない。②で「『適正AV』だから出演被害はない」としながら、③で「違法なAV」なるものがあると認めているのは自家撞着だろう。なお、そのような違法なAVを取り締まることも新法には盛り込まれている(虚偽の説明などによって出演契約を結ばせた法人・個人は刑事罰の対象になる)。

「抵抗勢力」の濃霧で視界不良

目立つのは、新法施行に伴う混乱で新規の撮影スケジュールが白紙になり、仕事がなくなったと訴えるAV女優たちの発信だ。一見、出演被害を救済・防止するはずの法律が出演者を苦しめているように映るためか、週刊誌やネットメディアの記事には彼女たちに同情的な論調が多い。

だが、これらは必ずしも業界を代表する声ではない。あるAV制作メーカーのスタッフA氏は、現場が一時的に停止しているのは事実とした上で、「もともと売れていない層の女優や業績の悪い会社が、この機に乗じて『仕事がなくなった』と騒いでいる印象だ」と冷ややかに見る。確かに、マスメディアでも名前を見かけるような花形女優たちはほぼ沈黙している。

A氏は新法について「やりにくくなるのは事実。歓迎はしていない」としつつ、「努力して越えられないハードルではない。この程度をクリアできなければ、クリーンな業界とは見てもらえない」と強調。廃止運動の狂騒には「現実に出演被害が問題になっているのに、元の『グレーな』業界に戻そうとしている」と疑問を呈する。

一方で、「運動に加わっているプロダクション関係者には、女優の急な契約解除があればメーカーから損害賠償請求されるかもしれないという恐怖心があるのではないか」とも推し量り、旅館やホテルのキャンセルポリシー(たとえば当日は100%、1~2日前なら○%を請求)のような仕組みを業界で早急に整備する必要があると提案する。

事実上の全会一致でスピード制定され、業界の健全化につながるとの期待の風を受けて船出したAV新法。だが、永田町の内海にも外海にも立ち籠める「抵抗勢力」の濃霧で、当分は視界不良の航海を強いられそうだ。

守られるべき被害者たちの姿を見失わなければ良いが――。(敬称略)

   

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